12:海ホタルのカレー
川崎からアクアラインに乗ると気持ちのいい海風を感じた。
ここまで誰一人、車もバイクも一台も見かけない。信号は全部青だった。一回も止まることはなかった。パーツショップを出発してから一度も地面に足をつけず、ただひたすらに走り続けてきた。
勝輝は途中にある海上施設の海ホタルに寄りたかった。勝輝はジーの前へ出て海ホタルに寄るように手で合図を送る。ジーからのオッケーのサインを確認した。
まもなく分岐を入ると海ホタルへ向かって2台のバイクが入って行った。
バイク用の駐車場で止まり、エンジンを切るとひとまずホッとした。「ジーちゃん、俺トイレに行ってくるよ」「あぁ、ここで待ってるよ」そう言うと勝輝はトイレへと向かった。トイレなんて行かなくていいと思えば行かずに済むのだが勝輝はまだわからない。
ジーはタバコに火をつけて一息ついた。バイクに乗って2人でツーリングは楽しい。1人で旅をしていたときよりずっと充実している。
勝輝が戻ってくるとジーは言った。「あんまり遠くに行ったり長い時間バイクから離れたりしないほうがいいぜ」「え?なんで?」「なんでって?バイクが消えちまうからだよ」この人は何を言ってるんだろうと思ったがジーが説明を始めた。
「俺は何度もバイクを消してる。というか、油断していて消えちまったことがある。つまりだな、離れたり忘れたりすると消えて無くなっちまうのさ。逆に必要だと思えばなんでも手に入る。ガソリンも自由に満タンにできたろ?あれは自分にとって必要だからさ」
「ジーちゃんは何度もバイクを無くしてるってこと?」「あぁ、そういうこと。でも無くなると寂しいだろ?だから無くならないように注意してる。忘れないようにしてるし、あまり離れないようにしてるのさ」
ジーは咥えタバコを摘んでピンッと捨てると勝輝にニコっと微笑んだ。なるほど、タバコの吸い殻は地面に落ちて1秒で消えた。
「ねぇジーちゃん、俺腹減ったんだけど中で何か食べない?」「あぁ、行ってみよーか。…と、その前に。絶対戻ってくるから消えるんじゃねーぞ」ジーはそう言ってから飼い犬を待たせておくかのように自分のバイクのボディを撫でた。勝輝も同じように「ちょっと腹ごしらえだ。待っててくれよ」と言ってバイクを撫でた。
東京湾アクアライン上にあり、木更津市と川崎市を繋ぐ海ホタルは広い。5階にあるマリンコートのフードコートを訪れた勝輝は驚いた。
人が誰もいない。
パーキングエリアのフードコートに人がいないことなんてあるのか。誰もいない席に座るとジーが声をかけた。
「カツキ、そこはやめろ。こっちの席に座ってろ」勝輝はジーに言われるまま隣の席に移動して座り直した。誰もいないんだからどこだっていいだろ?と思ったが口答えせずに素直に聞いておくことにした。
「カツキ、そこで座って待ってろ」ジーにそう言われると勝輝は軽くうなづいて待った。ジーは店のカウンターへ行ってしまった。
スマホを取り出してお天気アプリを確認するとしばらく晴れマークだった。バイクで出かけるにはちょうどよかったと、そんなことを考えているとジーが戻ってきて勝輝の前に腰掛けた。「カレーでいいよな?食おうぜ」ジーはそう言って勝輝の前にカレーを差し出した。
「え?ジーちゃんこのカレーどうしたの?」「ん?そこのゴーゴーカレーで買ってきたけど」「だって誰もいないのにどうやって?」「あっ!そうか、お前見えてねーんだ。わりいわりい、説明しとけばよかった。あのな、俺達って幽霊だろ?だから俺たちのことが見える人なんてほとんどいないワケよ。でも、実際はたくさん人がいる。さっき勝輝が座ろうとしたところは子供が座ろうとしてたから、コッチの席に変えたんだ」
またこの人はおかしなことを言い出した。どう見たって誰もいない。子供なんて1人もいない。ジーちゃんには何が見えているのか。
「いいか、勝輝、目を閉じて耳を澄ませてみろ」勝輝は、ジーに言われる通り目を閉じて耳を澄ませた。すると、ザワザワと人の気配を感じる。
すぐ隣の席には幼稚園児くらいの女の子が母親と何か話している気配がする。「な。いるだろ?この場所には人がたくさんいる。感じようと思えば思うほどリアルに感じる。そして見ることもできる」
勝輝が目を開けると隣の席には母親と子供が座っていた。フードコートの中は多くの人で賑わっていた。
ジーは説明を続けた。「無意識に見えなくなってる存在は見えなくてもいいのかもしれない。でも見ようと思えば見えるんだ。注意点としては俺達から人間が見えてもあまり意識しないことだ。俺達が興味を持ってしまうとあっちがコッチに気がついてしまうことがある。そのときは大騒ぎさ、はははっ!」ジーは説明しながらカレーを食べ始めた。勝輝もつられて食べ始めた。
「ジーちゃんは大騒ぎになったことあるの?」「あぁ、あるよ。時々だけど俺のことが見えてる人間もいて〝成仏しなさい〟だとか言ってくることもあるし、単純に〝キャー!今何かいた!〟みたいに騒がれちゃうこともあるなぁ」勝輝はジーの説明を真剣に聞いていた。
勝輝は幽霊なんて今まで一度も見たことはない。だが否定することもなかった。まさか自分が幽霊になってしまうなんてことは想像の範疇を遥かに超えている。
「幽霊って色々気を使ってんのかもね」「おーよ、俺はめちゃくちゃ気を使ってるよ。はははっ!」ジーはガツガツとカレーを食べていて今にも食べ終わりそうだった。勝輝は久しぶりに食べるカレーの味を堪能した。
温かくてとても濃厚なカレー。ゴーゴーカレーは悠真ともよく一緒に食べた懐かしい味だ。勝輝はカレーに添えてある箸休めの福神漬けが大好きだった。
「ねぇ、ママ、あたしもカレーがいい!」「るぅちゃんはカレーが食べたいの?」隣の母娘の声が聞こえてくる。
「うん、あたしもカレーがいいー!お兄ちゃんが食べてるのと同じカレーにするー」小さな女の子は勝輝のカレーを見ながらそう言った。「はーい、るぅちゃんのお兄ちゃんはカレーが好きなのかなぁ?カレーを食べてるのかなー?るぅちゃんもカレーにしようねー」母親は女の子が言ってる〝お兄ちゃん〟という存在を受け入れもせず、否定もせず、言葉巧みにかわしていた。
勝輝は急いでカレーをかき込んで食べ終えた。
「おい、カツキ!この子見えてる、もういくぞ」勝輝も見られてることに気がついていて、口の中にいっぱいのカレーを含んだままコクコクと頷き、急いで立ち上がった。チラリと隣に目をやるとるぅちゃんと呼ばれていた女の子は勝輝に向かって手を振った。
勝輝は誰にもわからないような小さな動作で女の子に手を振った。勝輝は食べ終えたカレーの器を返却口に持って行った。
「お兄ちゃん、ばいばーい」「バイバイだねー、お兄ちゃん帰っちゃったのかなぁ?またねー。るぅちゃんと遊んでくれてありがとー、カレー食べようね」
2人は急いで外へ出て、他の人間に見られて騒ぎになる前に停めてあるバイクに跨り急いで海ホタルを後にした。
完結しています。全26章あります。
- 輪廻を駆ける(1:慌ただしい勝輝の朝)
- 輪廻を駆ける(2:勝輝の父と母)
- 輪廻を駆ける(3:パーツショップ)
- 輪廻を駆ける(4:悠真がいたコンビニ)
- 輪廻を駆ける(5:通夜)
- 輪廻を駆ける(6:完成したバイク)
- 輪廻を駆ける(7:二度目の原付)
- 輪廻を駆ける(8:衝突)
- 輪廻を駆ける(9:確信)
- 輪廻を駆ける(10:幽霊という存在)
- 輪廻を駆ける(11:風を切る2台のバイク)
- 輪廻を駆ける(12:海ホタルのカレー)
- 輪廻を駆ける(13:続行)
- 輪廻を駆ける(14:ゴールデンレトリバー)
- 輪廻を駆ける(15:アウトドア好き)
- 輪廻を駆ける(16:あの世への送り方)
- 輪廻を駆ける(17:祖父勝男)
- 輪廻を駆ける(18:ジーの朝食)
- 輪廻を駆ける(19:友達)
- 輪廻を駆ける(20:悠真の家族)
- 輪廻を駆ける(21:鹿公園)
- 輪廻を駆ける(22:仙人)
- 輪廻を駆ける(23:喫茶店)
- 輪廻を駆ける(24:お迎え組)
- 輪廻を駆ける(25:勝輝の選択)
- 輪廻を駆ける(26:エピローグ)
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