命懸けのサッカー観戦(12:やりなおし)

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12:やりなおし

「母さん、サッカーのことは今は教えないで」

「当たり前じゃない」

「何をヒソヒソやってるんだよ。俺は帰るぞ」

「無理だよ。親父は試合の前に救急車で運ばれて一命を取り留めたんだよ。家に帰るなんて無理さ。このまましばらく大人しく入院だよ」

そうだ、試合に負けたんだ。J2に降格だよ、最悪な気分さ。このまま死にたいくらいにな。

「正巳、お前、横浜がJ2に降格になったからって、俺を見下してんのか?」

「は?今はサッカーのことなんてどうでもいいだろ。自分の身体のことを考えなくちゃ」

「馬鹿かよ。医者を呼べよ。なんで俺のことを助けたんだ。ムカつくよ」

医者は勝手なことをしやがる。横浜がJ1に残れなかったなら生きていても意味がない。

「横浜は試合に負けたんだ。J2に降格なんだよ。死んだほうがマシさ。なんで助けたんだ。試合のあと、俺はそのままベンチで死んじまったほうがよかったのさ」

「あのな、親父。親父は試合が始まる前に救急車で運ばれたんだ。今はサッカーのことは忘れろよ」

「忘れるわけないだろ。谷本がシュートを外したんだ」

「え?親父は…、試合が始まる前に救急車で運ばれたんだぞ。なんで谷本選手がシュートを外したなんて…。なんで知ってんだよ?」

「見てたからに決まってんだろ」

「見てないって。だってサッカーの試合のときには手術室の中だよ」

「じゃあ試合はどうなったんだよ?勝ったのか?負けたのか?言ってみろ」

「…」

「言わなくてもわかってんだよ。負けたんだよ。俺は全部見てたんだよ」

「見てるワケないって、何言ってんだよ…」

「横浜が燃え尽きるまで、俺は全部見てたんだよ!」

「ありえない…。親父は手術中だった。間違いないよ。

横浜は確かに負けちゃったよ。夢でも見てたのか?」

「夢じゃない。全部見た。スタジアムで!」

「…」

「見てたんだよー!最後の最後まで!!

1分1秒見逃すことなく全部!!!谷本のシュートがクロスバーに弾かれた…」

「マジかよ…。なんでそこまで…」

「最後の最後、キーパーがパンチングで弾いたボールを、クソ山田にやられたんだよ!ちくしょう」

「マジかよ…。信じられない…。ありえない…」

「俺は全部見てたんだ!ありえないのは横浜が負けてJ2に降格したことだ」

「親父。確かに親父の言うとおりの試合だった。本当に見てたって言うのか?」

「見てた…。

最初から、最後まで…。全部だ。全部見てたって言ってんだろ。クソ!」

俺は無念で無念で、思わず正巳の前で泣いてしまった。J2に降格。横浜の伝説は終わり。この世の終わり。

助からない方がマシ。死んだほうがマシ。

「横浜はJ1に残留だよ」

「…?」

J1に残留?

なんだって!?負けたんだからJ2に降格だろ?どういうことだ?

「横浜は…。親父の言うとおりの試合だった。ロスタイムに谷本選手のシュートがクロスバーに弾かれて、そのあと速攻を喰らって、こぼれたボールを山田選手がボレーシュートで決めた」

「あぁ、そうだよ、知ってる」

「そのあと何が起きたかまでは知らないだろ?ふふふ。

親父が目覚める数時間前、待合室のテレビでニュースがやっていて、それを見て飛び跳ねるくらい驚いたんだ。

なんと、17位のクラブチームが自治体所有スタジアムの改修工事が間に合わなくて、強制降格。だってさ。」

「なんだって!?じゃ、横浜は?」

「試合には負けたけど、J1に残留さ」

なんてこった。

「早くよくなって、退院しよう。タロが待ってるよ」

涙が止まらなかった。

ごめん、横浜。声を出さないまま、俺はしばらく泣き続けちまった。また最初からやり直すしかねぇ。

俺は横浜と共に一命を取り留めた。

著者コメント

2026年4月連載開始、全12章あります。

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