3:入場ゲート
試合までの時間調整は、駅ビルにあるカフェで静かにコーヒーを飲みながら小説を読むことだ。
俺は試合観戦に余計な荷物を持ち込まない。いつも食事を済ませ、喫煙も済ませ、コンディションも完璧に整えている。唯一持ってきているのが、ポケットに収まるサイズの文庫本だ。
荷物を預けたり、手荷物検査をされたり、体温測定、手の消毒や、入場するまでのあれこれが億劫で仕方がない。
サッカーの試合を応援するなら、身一つ、体調万全で臨むべきだよな。
余計なイベントやグッズの買い物など、一切興味なし。キックオフの一時間前に席に到着すればいい。
俺は駅から出て、いつもの道を歩き、いつもの入場ゲートへと向かって橋の上を歩いて行く。
この辺りは犬の散歩もかなり多い。
俺が歩いていると黒い柴犬が寄ってきた。どうやら服にタロの匂いがたくさん着いているらしいな。
「すみませーん。こら、ゴンちゃん!だめだめ」
「ははは、いいんですよ。ウチも柴犬を飼ってるんですよ。多分タロの匂いがついてるからわかるんだねぇ」
俺はしゃがんでから、ゴンと呼ばれた黒い柴犬を撫でてやった。
「ゴンちゃん!もう!すみません、この子人懐くて。よかったね、もう行くよ」
リードを引かれて、柴犬は飼い主の方へ戻って行った。俺は立ち上がり柴犬を見ていたら、最後にこっちを振り向いてきた。
可愛くて思わず手を振ったよ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ゴン、またな!」
犬はいい。
可愛くて仕方がない。今日の試合が終わったらタロの散歩にも行かなくちゃな。
少し進むと横浜サポーターがわんさか湧いてきた。三人横並びになってスタジアムに向かう大学生くらいのガキどもがうざい。
「今日マジで負けたら洒落にならないってぇー」
「横浜は大丈夫だろ?谷本がいるし」
「でも最近谷本も調子悪いじゃん」
そうだよ、わかってんだよ。負けたら洒落にならん。J2降格なんだよ。
「いや、大丈夫だって、谷本なら」
「谷本選手って三十くらい?今いくつだ?」
「三十三だよ。実は結構いってるんだよ」
うざい。三人横並びで道を塞ぎやがる。
だが、同じサポーターか…。願いは一緒ってわけか。
うざい奴らだが、同志ってわけだ。あとは黙って一列に並んでスタジアムに向かってくれるといいんだがな。
いつもの歩き慣れた道だが心配事が多いせいか、さっきから汗が止まらない。
息切れもしてきたな。しかたねー、タバコの吸いすぎだな…。
俺はいつもハンカチをちゃんと持ち歩いているから、それで汗を拭いながら歩いたよ。うざったいガキどもを早足で抜き去ってやった。
橋を渡り終えてゲート広場が見えてきた。いよいよスタジアム入場だ。
そう思ったときだった。後ろから走ってきた小僧が俺にぶつかった。
ドサァー!
俺はよろけて転んじまった。
他にもたくさん人がいる中で、恥ずかしいったらない。
「痛えな!危ねーだろぉが!!」
転んだまま思わず小僧に叫んだ。
「コラ!待てよっ!」
クソ!逃げやがった。聞こえてるだろうが。
これだからはしゃいだ小僧とか、仲間とつるむガキとか、急いでいるババアとか。大嫌いなんだよ。
ムカついてしょうがねぇ。
まぁいい。ゲートはすぐそこ。さっさと立ち上がって、まずはお手洗いだ。
スタジアムに入る前には、いつも必ずお手洗いに寄る。多少ムカつくことはあるにせよ、一旦気持ちをリセットだ。
用を済ませ、手をしっかりと洗い、鏡で自分を見た。
よし、特に乱れもない。
ゲート広場に戻ってくると何やら人だかりができている。
また何かのイベントか、大道芸でも披露しているのか、とにかく迷惑な話だ。広場の真ん中で人だかりなんてやめてほしいもんだ。そう思って眺めていたら、まもなく救急車が入ってきた。
こんなゲート広場まで車で入れるんだな、初めて知ったよ。
救急隊員は慌てて駆け寄り、人だかりの中へストレッチャーを運び入れているようだ。
全く可哀想な奴だね。横浜のサポーターだったら尚更可哀想だ。これから大事な試合だってのに、スタジアム目前で救急車で病院に運ばれちまうんだからな。
まぁ、残念だけど、とっとと運んでもらうんだな。
俺が代わりに応援に行っておいてやるよ。
ぶっ倒れた奴を見ようと、野次馬が湧いてやがる。救急隊員に任せときゃいいんだよ。そんなことより、サッカーの応援だろうが、どいつもこいつも慌てすぎなんだよ。
俺はスムーズに入場するため、スマホのQRコードを準備した。サッと読み込ませ、いつものようにスマートに、一人スタジアムの中へと入っていった。
著者コメント
2026年4月連載開始、全12章あります。次回更新楽しみにお待ちください。
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