8:問い
「お…お前なんなんだ?死のうとしたのに、なんでロープを切ったんだ!」
『お前が何にもわかっていないからさ』
「なんだと?余計なこと、しやがって!」
男は秀樹を見下ろしながら言った。
『助けてやったのに、ひでぇ言い方だな。クククッ』
「俺は死のうとしてたんだ。助けてほしくなかったんだよ」
『お前死んで楽になろうと思ったよなぁ?』
男は秀樹の前にしゃがみ込み、ブルーの瞳で真っ直ぐに秀樹を見つめた。視線を外すことは許されなかった…。緊張感で空気が凍っているように冷たい。
男は再び問いかけてきた。
『死んで、楽になろうと、思ってたんだよなぁ?』
2回目はゆっくりと、ハッキリとした口調で問いかけてきた。
「だ、だったら何だって言うんだよ?」
秀樹は震えながら精一杯の強気で、言い返した。
『お前らみたいなヤツをfoolと呼んでる。俺はfool共が、こっちの世界に来る前に〝本当に死んでいいのか〟を問いかけにきてるんだよ』
男は視線を外さない。掠れた低い声で続けた。
『お前らはみんな頭が悪い。死んで楽になろうとして自殺しちまう。いい迷惑なんだよ。俺たちはfool共に自殺されると困る。』
「知ったことか!」
『まぁ、荒ぶるなよ。俺の話を聞け。お前、死んだらどこに行くか知ってるか?』
「そんなもん知るか!死んだら無だよ。無!何も無くなるんだよ。あとかたもなくな!」
『クククッ。だから愚か者なんだよ、お前らfool共は。何も知らずに死にやがる』
男は秀樹の目の前で胡座で座った。腕を組んで再び話し始めた。
誰もいないはずのオフィスだったはずなのに、気がつけば男の声が闇の中で静かに響く。
『宇宙は見えたか?』
「宇宙?宇宙がどうした?」
『俺がロープを切る前、宇宙が見えなかったか?』
秀樹は自分が上昇し、宇宙空間に浮かんでいる姿を思い出していた。無音の闇の中、美しく光り輝く地球の姿を、確かに見た。
「見えたよ。何なんだよ、あれは?」
『見えてたんだろ?クククッ。教えてやるよ』
男は得意げな笑みを浮かべ、語り出した。
『人は死ぬと、その魂は別の世界で別の人生を歩むことになる。そして、いつの日にか、またこの世界に生まれ落ちてくる』
「…」
『この世から、あの世へ移動するとき、地球から一旦離れることになる。だから人は死ぬと一旦宇宙空間を体感して、そこから地球の姿を見ることになる』
「は? そんな話し聞いたことねーよ」
『当たり前だ。死んだ後のことなんて誰も語れないんだからな』
「じゃあ何でお前はそんなこと知ってるんだよ?」
『俺はお前たちが言っている〝あの世〟から来ているからさ。毎日のように予定していない愚かなfool共が、何も知らずに彷徨いながらやってくる』
「そんなこと俺には関係ない」
『はぁ、わかってねーな。お前も同じ道を辿ろうとしているんだぞ。fool共が1日にどのくらいの人数やってくるか、知ってるか?』
わからない。
わからないが、何かの書籍で日本の自殺者は 1日に50人以上亡くなっている計算だと読んだ記憶がある。その中で借金を苦にする人がどの程度か…
「さぁな、4,5人ってところか?」
『クククッ。はずれだ。20人以上さ』
1日50人のうち20人以上が借金で自殺するってのか?
「20人以上だから、何だって言うんだ」
『多いだろ』
「…1日20人だろうが、30人だろうが、俺には関係ない」
『関係あるのさ。単純な話しだ、例えばだ、死んだ人間を火葬するために火葬場に持ち運ぶとする。1日4人火葬できる設備に20人運んだとしたらどうなる?』
「え?そりゃ… 5日かかる…」
『お前、バカだなぁ。次の日もその次の日も20人ずつ毎日毎日運ばれてきたらどうなる?』
「そ、それは…。無理だ…」
『単純な話しだろ?わかるよなぁ。お前らfool共は本来は予定外。後回しだ。』
「予定外?どういうことだ?」
『お役所仕事みたいなもんさ。罪を背負ったまま自殺をして訪れた奴なんぞ、後回し。真っ当に清く正しく死んだ者から手続きをする。法律みたいなもんさ』
「法律?あの世に法律があるって言うのかよ、バカバカしい」
『バカはお前だ。さっきからバカはお前なんだよ。法律もマナーもモラルも… あの世には全部ある。こっちの世界と同じようにな。何も知らないってのは、怖いな、マジで…』
秀樹は何も言い返せなかった。死んだら無になると思っていた。あの世のことなんて、知る由もなかった。
『だから、俺はお前達みたいなバカなfool共がやってくる前に、問いかけに来てやってるんだよ』
男はため息を吐いて呟いた。
『死ぬんでいいのか?本当に?』
さきほどまで何も疑いもしていなかった自殺という選択だったが、よいかと聞かれると、答えることができないでいた。
完結しています。全13章あります。


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