輪廻を駆ける(7)

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21:鹿公園

勝輝が悠真の家族について回っている間、ジーは鹿を見に来ていた。

小鹿神社のすぐ近くに鹿のいる公園がある。ジーは入り口で買った鹿用のエサを持って可愛い鹿たちに近づいた。「おーい、おやつだぞ」ジーは優しく鹿に声をかけながら鹿におやつを与え始めた。

何人かの人間と会話はしてきたものの、基本的に1人だったジーにとってはもの凄く嬉しい反応だ。ジーは動物園や小動物のふれあい広場のような場所は積極的に行くようにしている。動物達にはいつも癒される。

のんびり過ごしているジーの元に勝輝が駆け寄ってきた。「おー、来たかぁー、お守り買うのにどんだけ時間かかってるんだよ、優柔不断だなー。わははは!」手についた鹿のおやつをパンパンと払いながらジーは笑っていた。

「ジーちゃん、大変だ、悠真がいた!子供が産まれてた!」息を切らし興奮しながら話す勝輝だったが、ジーにはなんのことだかさっぱりわからなかった。そこからジーに促され、勝輝はことの成り行きをジーに説明した。ひとしきり話終えるとジーは答えた。

「この世界は時間なんてでたらめさ。俺は30歳のままだし。未来も過去もなくて、行きたいと思う時代、帰りたいと思う時代にトキが進んだっておかしなことじゃないさ」2人は不思議なことが起こる世界に納得しながら過ごすしかないという気持ちに落ち着いた。

2人は自分たちのバイクが停めてある駐車場に向かった。

その途中、勝輝は買ったお土産をジーに見せた。「わははー!これいいなぁ!」「いいでしょ!?そう思ってジーちゃんのぶんも買ってきた。ほい」

勝輝は鹿公園に向かうときにジーのぶんのお守りを買い足していた。「てんとう虫って転ばないのか!ダジャレかよー、あははー!ありがとなー」2台のバイクは2人の帰りを待っていた。

勝輝とジーは儀式のようにバイクの洗浄とガソリンの給油を済ませた。「慣れたもんだ!カツキにもらったお守りはココにつけておこう」ジーはそう言って元々ついているお守りの場所に勝輝にもらったお守りをくくりつけた。

勝輝はジーのバイクにもとから取り付けてあったお守りを見た。ずいぶん古びた感じだが刺繍で文字が書いてある。そこには漢字が4文字〝桐生勝治〟と書かれていた。

勝輝の胸がざわついた。

「ジーちゃん?ジーちゃんの苗字って〝桐生〟だったりする?」「おう。桐生だ。何でわかった?」ジーは即答したが勝輝が苗字を知った理由をすぐさま理解した。

「あー、これなー!コレが元々つけていたお守り。俺の嫁さんが作ってくれたお守りさ」ジーは愛おしくお守りを見ながら勝輝に説明した。「桐生勝治。名前がカツジだからあだ名がジーなのさ。ウチの家系は名前に勝の字をつけるからみんなあだ名が〝カツ〟になっちゃうだろ?だから〝勝〟の部分が省略されて呼ばれるのさ。おかしな家系だろ?小さい頃からジーって呼ばれてたよ」ジーはニコニコと説明している。

「ジーちゃん…。俺、桐生勝輝だよ…」「え?カツキも桐生なの?カツキのカツって〝勝〟って字?」「うん。親父が勝彦でお爺ちゃんが勝男だよ…」「マジかよ!?勝男は俺の息子だよ!」

一瞬、空気が固まって、時が止まった。

2人は血の繋がった親族であることを同時に理解した。

「じゃあジーちゃんって俺の曾祖父ってことだね」「おう、そういうこったな!ひ孫ぉ!どうりでなんか似てるなぁーって思ったんだよ。なーんだそっかぁー、ジーちゃんじゃなくて、ヒージーちゃんって呼んでもいいぞ!ぎゃっははははっ!」「今更ヒージーちゃんなんて呼べないよ。ジーちゃんて全然お爺さん感ないじゃん!あははははは!」勝輝は大きな声で笑った。

「あたりまえだよ、だって俺、お爺さんになったことなんてねーもん。わははは!」白髪混じりの頭、自分の背丈と同じで、よく見ればまるで兄弟のようによく似た雰囲気の2人は、驚くよりも楽しくなってしまい、大声で笑いあった。笑い声が、鹿たちの向こうへと響いていった。

22:仙人

駐車場で談笑していると、生ぬるいつむじ風が勝輝とジーの頬をなぞった。遠くには不自然な白い霧が立ち込め、霧の奥から誰も乗っていない真っ黒なバイクがゆっくりと現れた。無人のバイクは勝輝とジーの前でゆっくりと停車した。

「何これ?何これ?何でバイクが勝手に動いてるの?」「勝輝、よく見てみろって、ちゃんと人が乗ってるから。ご先祖さん、何か用か?」ジーがバイクに声をかけるとバイクに跨る人影が浮かび上がってきた。

人影は白くて長い髪と顎髭を揺らしていた。背筋はピンと張り、袖の長い肌触りの良さそうなグレーのローブをなびかせていた。

「ご先祖さん!急に出てくるのやめてよー。ビックリするから。わははは!」「さっきからそこにいたわい。お前に話があってきたんじゃ」ジーがご先祖さんと呼ぶお爺さんはまるで仙人のような見た目で、まるで昔話の絵巻から抜け出したような仙人だった。ただバイクに乗って現れたのが意外すぎて、勝輝はこの仙人がご先祖様なのか?と今ひとつ信じることができずにいた。

「しかしお前はよく頑張るのぉ。みんな感心しとる」「誰が感心してくれてるのかわからないけど、たいしたことはしてないよ。俺は旅をしてるだけだし。でも彷徨ってる人間って探そうとするとなかなか見つからないし、大変って言えば大変かぁ!わはは!」

勝輝はジーと仙人のやりとりを見つめていた。

「お前のおかげでもう10人は無事に帰してるわぃ、助かっとる」ジーは仙人にニコっと微笑んでうんうんと頷いた。「んで、話ってのは何さ?」

「お前の縁の者がコッチにくる予定なのでそろそろお前にも一緒についてきてもらおうと考えていたんじゃが…」「おっ!俺もあの世に行ける日が来たってことかー!?」仙人は目を細めてジーを見つめた。「まぁ、そう急ぐでない…。それがそう簡単な話ではなくてな…」どうやら仙人はジーに用があり傍で見つめている勝輝に気がついていない様子だった。

「実はお前のひ孫にあたる者が天に行けずに彷徨ってしまったらしい。そやつが天に帰る前に戻してやらなきゃならん。これからその者を探さなきゃならんが、居場所がまったく見当がつかんのじゃ…」仙人が俯いたのを見て、勝輝の胸がチクリと痛んだ。

「ご先祖さんさぁ、ちゃんとよく見てってばよ!」ジーはそう言うと勝輝のほうをちょんちょんと指さした。「ん?この少年は?」仙人は勝輝が何も話かけなかったので死んでしまった幽霊だとは思わなかったのだろう。最初からジーにしか声をかけていなかった。

仙人はようやく勝輝に気づいたらしい。「あっ、どうも、はじめまして。勝輝です…。あっ、桐生勝輝です!」勝輝はちゃんと苗字も伝えておかなくてはと、フルネームで名前を言い直した。

仙人は自分の目を見ながら話かけてくる勝輝を見て幽霊だと認識した。「桐生勝輝?勝輝か!?お前、勝輝なのかー!?」仙人は驚いた様子で勝輝の名前を呼んだ。その声に勝輝の背筋はピンと伸びた。

「勝治!どうしてお前達が一緒にいるんじゃ!?」「さぁ?俺達もワケわかんないんだけど友達になって一緒に旅する予定だったのさ。でもさっき親族だって初めて気づいたところさ」

仙人は彷徨ってしまった勝輝を探し出すあてがまったく無く困り果てていた。探すのをジーに手伝わせるために現れたのだった。

仙人は勝輝に近づいて、勝輝を抱きしめた。「あぁ、よかったわい、探しとったんじゃ…」本気で心配していた様子の仙人は勝輝の背中を撫で、ポンポンと叩いた。

「よかったな、ご先祖さん。せっかくこうして会えたんだからどこか落ち着いて話せる場所に移動しようぜ」ジーの提案で3人はそこから近くの喫茶店へ移動した。それからゆっくりと落ち着いて会話することにした。

23:喫茶店

「ご先祖様、天に返す前に戻すってのはどーゆーことですか?」勝輝は仙人に尋ねた。

「魂を肉体に戻して地上の生活を再開できるように復活させてやることじゃよ。魂を肉体に戻すんじゃが、肉体のほうのダメージが大きすぎると復活させてやれない。そしてあまりにも急すぎると天にも返せない。そうした行き場を失った人間は彷徨うことになってしまう」そう説明されても勝輝はもう戻れない。

なぜならトラックに挟まれた自分の肉体は明らかにダメージが大きく復活できる肉体ではなかった。あの身体が、もう一度動くことなんてあり得ない。

「お前達は本当に運が悪すぎる。本来死ぬべきではないハズの人間なのに、急に死なれてしまっては迎えにくることもできん!」勝輝もジーもバイク事故で急に亡くなってしまったのだから仕方がない。

「親父がよく言ってたんだけど、ジーちゃんもバイク事故で亡くなっちゃったんだよね?」「あぁ、そうだよ。俺の場合はバイクで崖から転落。崖下にあった町工場にバイクごと転落しちゃって火災発生ー、ドッカーン!大炎上、メラメラー!!バイクも俺も真っ黒黒の消し炭状態になっちまったのよー」なかなかに壮絶な死に方に勝輝は慰めの言葉も思い浮かばなかった。

「結局ジーちゃんと俺は肉体には戻れないから彷徨いルートだったんだね」トホホというがっかりめいたため息が出た。「それならいっそ天に連れてってくれればいいのなー」それを聞いて仙人は眉をひそめた。

「じゃから、それは前にも説明したとおり、迎えに行く人が何人もいて順番に連れて行ってるんじゃ。お前達のように順番関係なく急に死なれるのが1番乱れを生んで迷惑なんじゃ。」

仙人は続けた。「だいたいは親族か縁のある者が迎えに行って、すんなりと天に行くことになっとる!」勝輝とジーは仙人の話を聞き、なるほどと納得して色々と複雑なルールがありそうだということも理解しつつあった。

「俺が旅をしていても彷徨ってる人ってホント偶然にしか出会わない。だから、特定の人を見つけ出すなんて言い出したら不可能に近いレベルで難しかっただろーな」「そういうことじゃ。勝輝が勝治とこうして出会わず、もしもあてもなく彷徨ってしまったら、探し出すことは非常に難しかったじゃろう」「そうかもね。たぶん俺バイクで出かけてたと思うよ。ははは」

古びたスピーカーから小さなジャズが流れ、カウンターの奥ではマスターがカップを磨いていた。

仙人は温かいコーヒーを一口飲んだ。そしてふぅと一息ついた。勝輝とジーは同じタイミングでコーヒーに砂糖とミルクを入れると、スプーンでクルクルと混ぜ始めた。2人の動きは歯車のように連動しているように見えた。「まったく瓜二つじゃな」対面で見ていた仙人は問題児2人を見てやれやれという気分だった。

「勝輝が無事に見つかったんじゃ、もう1つの用事のほうを済ませに行くからお前達もついてきなさい」3人は再びバイクに乗って喫茶店をあとにした。

24:お迎え組

「ご先祖様、ココって…」「うむ、そうじゃ。勝男の病院じゃ」勝輝、ジー、仙人の3人は病院の中へと入っていった。勝男のベッドに迷わず向かっていく仙人のあとを勝輝とジーが続く。

「爺ちゃん…」勝輝はベッドに横たわっている祖父を見て、小さい頃に一緒に虫取りをした時の元気な勝男の姿を思い出していた。

「勝男はよう頑張った。そろそろコッチの世界とはお別れじゃ…」そう言うと仙人は勝男の上半身を丁寧に起こした。勝男は目を開けて仙人の顔を見つめた。

勝男は自分でベッドから起き上がると両方の手で仙人の手を握った。「ありがとうございます」仙人はお礼を言う勝男を見つめて深く頷いた。

「勝男はえらいよ、こんなジジイになるまで頑張ったんだな。俺が死んだとき、勝男はまだ5歳だったんだ…。何度か様子を見にきたこともあったけど、勝男は俺と違っていつも真面目で努力家だったよ」ジーは勝輝に言った。勝輝はうんと頷くだけだった。

「爺ちゃん、俺のこと見えてる?」勝輝が問いかけると勝男は勝輝の目を見て答えた。「ああ、見えてるよ、勝輝。元気にしてたか?」「うん、元気だよ」勝男の姿はかつて勝輝と一緒に虫取りをした頃の姿になっていた。

2人は抱き合った。「爺ちゃん、死んじゃったんだね。これからあの世に行くんだって、みんなで迎えに来たんだよ」「あぁ、わかってるよ、ありがとうな」抱き合ったままそう答える勝男のベッドには年老いた爺さんの姿の勝男が息をせずに寝ていた。

「勝男、勝治じゃ。勝治が迎えに来てくれたんじゃ」仙人は勝男に勝治を紹介した。ジーの目を見つめた勝男はどんどんと若返っていった。どんどん若返り、青年になり、少年になり、そして5歳の子供の姿になった。

「うわぁぁぁぁーーーん!お父ちゃーーーん!!」小さな子供の姿の勝男は大泣きしながらジーに抱きついた。ジーは両手で勝男を抱き上げた。「ごめんごめん。ホントにごめんなー!俺ウッカリ死んじまったからお前と遊んであげられなくなっちゃったもんなー、ホントにごめんなぁー…」ジーは勝男を抱っこすると勝男は泣いたままジーの首元に顔を埋めた。

「よしよし、泣くな泣くな、お父ちゃんが迎えに来てやったんだから、泣くなよ」ジーは勝男の頭をわしゃわしゃと撫でた。「うわーん、わーん、わーん!」勝男はずっとジーにしがみついたまま、大泣きを続けた。

ベッドに横たわる爺さんの姿の勝男を残して4人は部屋を出た。

「病院というのは複雑な場所じゃ。わしらのようなお迎え組は後を濁さず立ち去るとするかのぅ」病室の時計は静かに時間を刻み続けていた。 仙人は病院を出るよう促した。

5歳の勝男はジーの腕の中で泣き疲れて寝てしまった。

25:勝輝の選択

仙人は病院を出ると何も言わずに歩き始めた。

「ご先祖様、これからどこに行くんですか?」勝輝は尋ねた。「すぐそこのレストランじゃな」病院から出たすぐのところにオシャレなレストランがあった。レストランの中は綺麗に飾られていて落ち着いた雰囲気だった。

仙人と勝男を抱いたままのジー、そして勝輝は1番奥にあるテーブルの席に腰掛けた。

「これからわしらはあの世へ帰る」「うん、なんとなくそうだとは思っていたよ」仙人の対面から勝輝は答えた。「俺はもうちょっと勝輝と旅して回ってもよかったけどなー。ま、あの世で旅行にでも行こうぜ。勝男がこんなに小さくちゃバイクに乗れねーもんな」勝輝の隣に座っていたジーは相変わらず楽観的でいつも頼もしい。

「それは叶わん」「ん?なんでー?」「今回連れて行けるのは勝治と勝男だけじゃ。勝輝はまだあの世に行く予定じゃなかった。全員で帰ることはできんのじゃ」仙人は淡々と説明を始めた。

「勝輝、お前はどうしたい?」仙人は優しく尋ねた。

「俺はジーちゃんとバイクで旅するもんだと思っていたよ。それにみんなで帰るのかなぁって思っていたから、急に俺だけ帰れないって言われても困っちゃうな」

「そうだよ、ご先祖さん、勝輝だけ置き去りじゃまた彷徨う幽霊じゃーん」ジーもクレームを言った。まぁまぁ待てと言うように仙人はジーの言葉を手で遮った。

「もう一回元の世界に生まれ変われるとしたら?」

仙人の質問に勝輝は驚いた。もう一回生まれ変わるなんて話は聞いたことがない。

「ご先祖様、そんなことできるんですか?そりゃあ俺は元々全然死んだ気がしていないし生まれ変われるのなら生まれ変わりたいです。今だってまだ死んだことを半分信じきれないでいるし、1人ぼっちの幽霊になるのは嫌です」

「俺も生まれ変わりてーよ。そーだ、ご先祖さん、みんなで生まれ変わっちゃおうぜー!」ジーは仙人に楽しげに提案した。本当にこの人は死んでいるとは思えないほど明るい。

「勝治、実はお前もかつて生まれ変わらせる計画があったんじゃ。予定なく死んだ者は生まれ変わることができる。例えばお前達のように事故で死んでしまう者、あるいは誰かに殺されてしまった者。はたまた若くして病気で死んでしまった者。そういう人間はなんというか…そうじゃな…。魂のチカラを使い切る前に肉体と分離してしまったと考えた方がいいかもしれん。死んだ実感が無いことも重要かもしれん。わしは勝治を生まれ変わらせようとした。」

「しかし勝治は生まれ変わったとしても戦争が始まってすぐにまた死んでしまうルートに進みそうじゃった。それではあまりに不憫じゃ。わしはそれなら彷徨ったまま、天に送る手伝いをしてもらった方がいいと考えたんじゃ。何せ勝治の場合は死んでいても未練がないというか、楽しくわしの使いを手伝ってくれそうじゃったからの。」

「勝治はコッチの時間があまりにも長いのでもう生まれ変わりはできん。生まれ変わるのは死んでからしばらくのうち、10年以内がいいところじゃろう。勝男は魂も肉体も真っ当に使い切ったので正当ルートであの世行きじゃ」

「俺はまだあの世に行くタイミングじゃないとして、ジーちゃんや勝男爺ちゃんはあの世に行った場合はどうなるの?」勝輝は尋ねた。

「あの世はこの世みたいなもんじゃ。わはは。ちゃんと死んでみてからのお楽しみじゃ」仙人の言うことはよくわからなかったが、この世とあの世があって、あの世に行くにはちゃんと死ななくちゃいけないのだろう。それなら自分もジーのように1人旅を続けるか、生まれ変わるか…。いずれにせよ大変そうだ。

「ご先祖様、ジーちゃん、俺まだ死ぬつもりなんてなかったんだ。普通に歳をとって、大学を卒業して、就職して、結婚して…。そうなっていくって思ってた。彼女作ってデートしたり、友達とバイクでツーリングしたり。そんな当たり前の日常を過ごす気満々だったよ。だから…。」

「生まれ変われるなら生まれ変わりたい」

勝輝は生まれ変わることを望んだ。

「じゃ決まりだな。ご先祖さん、勝輝を生まれ変わらせてやってくれよ」「うむ、そうなると思ってこのレストランにしてあるんじゃよ」仙人は隣のテーブルに座る新婚夫婦をチラリと見た。食事をしながら楽しげに過ごしている。奥さんのほうは妊娠しているようだった。

「生まれ変わるのは簡単なんじゃ。勝輝、今度は全うするんじゃぞ」そう言うと仙人は勝輝の手を引っ張って、隣の席の妊婦のお腹に勝輝の手のひらを押し当てた。「この人がお前のお母さんになる人じゃ。幸せにしてやりなさい」仙人はニコっと微笑んだ。

「って言われてもどうすりゃいいのかわかんないですよ!」勝輝は妊婦のお腹に手を当てたまま仙人に聞いた。

「頭からお腹の中に入ればいいだけじゃ」勝輝は躊躇した。いきなり妊婦さんのお腹の中に入れって言われてもできない。するとジーが横から勝輝にタックルをかました。「どりゃ!行ってこいやーー!わっはっはっは!」

勝輝はバランスを崩して顔面から妊婦のお腹の中にすぅーーっと吸い込まれていった。「もう一回やり直してこーい!元気でなー!!」勝輝は挨拶する間もなくジーのタックルでお腹の中に押し込まれてしまった。

仙人はジーの強引なやり方に驚いたが、泣き惜しんで別れるようなものでもないと思っていたのでかえって良かったかもしれないと考えた。

「さて、わしらは天に上がるぞ。勝治、お前はしばらく勝男と遊んでやれ。澄(すみ)も待っておる」あの世でジーと勝男を待っているのはジーの妻の澄だ。「あぁ、早く澄に会いてぇんだ。お守り作ってくれたのに死んじまったからな…」眠った勝男を抱っこしたジーと仙人は幸せそうな夫婦を見つめながら天へと上がっていった。

勝輝は水の中にいた。

うっすらとしか開かない瞼を水中でそっと開くと小さく握りしめた赤ん坊の両手と天井に繋がるチューブ状の何かが見えた。赤ん坊の両手は自分の手、チューブはへその緒だと、すぐに理解した。

ついさっきまでみんなでレストランにいたのに、気づけば俺は赤ちゃんになっていた。暖かくて気持ちいいから少しゆっくり休もう。今日は色々あって疲れた。勝輝は母親のお腹の中で幸せな気持ちで眠りについた。

26:エピローグ

季節はいくつ巡っても子供は元気だ。母親というのはいつの時代も大変である。

「ハルくん、かっちゃんにも貸してあげな」「うん、かっちゃんどれにする?」かっちゃんと呼ばれた小さな子供はいくつもある乗り物の中からバイクのおもちゃを手にとった。「はははー、この子またバイクだよー」母親は笑う。どうやらいつもバイクのおもちゃを選ぶらしい。

「お姉ちゃんごめーん、日焼け止め買ってくるの忘れちゃったから買ってくるけどなんか買ってくる?」「えー、特になーい」姉妹は家の中と外で大きな声でやりとりをする。

「お義兄さんすみません。美羽が買い出しに行くみたいなんで行ってきます」悠真は義理の兄に声をかけると車に乗り込んだ。

「お姉ちゃんごめんね、ちょっとだけハル君見ててー」「大丈夫だよー、いってらー」悠真と美羽は車で買い物へと出かけた。

車の中で美羽が尋ねた。

「この前もらってきたバイク、お義兄ちゃんと見てたんでしょー」「あぁ、そうだよ」勝彦はいつまでもガレージにあった持ち主不在のバイクを悠真に譲っていた。悠真は黄色いてんとう虫のお守りを自分の原付から勝輝のバイクに付け直していた。

「勝輝のヤツ、新品のブレーキまでつけて完璧に仕上げてあったんだ。やっぱ凄いよ、アイツは」

部屋の中はおもちゃで散らかっている。2人の子供が縦横無尽にバイクを走らせる。家中に子どもたちの声が響き、笑い声が絶えない。

人生も、家族も、そして小さな日常も。これから先も、ずっと続いていく。

それはいつの時代も奇跡の連続だ。

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