輪廻を駆ける(5)

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13:続行

行き当たりばったりのバイク旅。ジーに誘われたのは良いけど、自分の提案で海ホタルまで来てしまった。次に行く場所を決めないまま、そのままバイクで出発していた。

ジーが教えてくれた通り、自分が見えている人がいると騒ぎになりそうだ。もしあの女の子が泣き喚いてオバケが出たとかなんとか言い出したら母親にまで自分が見えてしまったかもしれない。

幽霊というのは気を使う存在なんだということを理解した。なるべく人混みやショッピングモールのような場所は避けたほうがいいんだろうなぁ、と勝輝は信じがたい現実にもかかわらず、冷静に幽霊としての過ごし方を身につけていく。

神奈川県の自宅に戻るにはもう一度アクアラインに乗って引き返すか、東京湾をぐるっと回る必要がある。せっかくなら東京湾をぐるっと回って戻ろうと考えていた。

そんな勝輝の考えを見透かしたようにジーは館山自動車道を、東京方面の上りルートへと進んだ。勝輝はそれに続いて進む。しばらくすると市原サービスエリアの看板が見えてきた。バイクに跨ったジーが後ろを振り返る。勝輝に指差しでちょんちょんと合図を送る。市原サービスエリアで休憩することを理解した勝輝はジーに合図を返す。

市原サービスエリアはアメリカンな雰囲気を漂わせていてどこかハワイを思い出させるような雰囲気がある。2人のバイクは市原サービスエリアへと吸い込まれて行った。

ジーと勝輝はバイクを停車させてエンジンを切った。

「ジーちゃんどうしたの?トイレか」

「いや、違う違う。行き先どうするか話してないから、このあと勝輝はどうする?」

「あー、俺は家に帰ろうと思っているんだけどジーちゃんは旅をするんだろ?」

「ああ、もちろん」

「じゃあここでお別れしといたほうがいいのかな?」

「いや、久しぶりに話せる相手がいるから、勝輝に合わせてツーリングを続行したい、って話しをしたかったのさ!」

「なんだー、なら最初からそう言ってよー。ここでさよなら〜って感じかと思った」

「はははっ!俺も久々に話し相手ができて楽しいんだ。もう少し付き合わせろやー」

ジーは引き締まった筋肉質の腕で勝輝の肩をバシンと叩いた。勝輝はフルフェイスのヘルメットを外してバイクを降りた。

「とりあえず、ここで少し休憩しない?」

「それもそうだな」

ジーもバイクを降りてゴーグルを外すと手を上に組み伸びをした。

ジーはもともとヘルメットは被っていなくて、どこのメーカーのものだがわからないレトロなゴーグルだけをつけていた。2人は休憩がてらにサービスエリア内を歩いて散歩した。

14:ゴールデンレトリバー

「ねぇジーちゃん、話しができるってそんなに珍しいの?」「もの凄く珍しいよ。今までも何人か話ができる人はいたけどね」「それって他にももっと幽霊はいるってことなの?」「珍しいが、いることはいる。勝輝は俺達みたいに死んでしまった人のことを幽霊だと思っているみたいだけど、正直俺にも幽霊なのか何なのかはよくわからん。俺は俺だし、生きてるときと今と中身は何も変わらん!」「そうだね、俺も自分が死んだってことが信じられないくらいに普通だよ。普通すぎる」

SAの周辺を何気なしに歩いていた2人はドッグランの前に立っていた。

「さっきジーちゃんに教えてもらってからは、普通に他の人や車やバイクが見えているよ。ここに来るまでにトンビみたいな大きな鳥がアクアラインの上を横切って行くのが見えたんだ。今も楽しく遊んでいる犬が見えている。声も聞こえる」「そうそう、全然普通なんだよな!しかも体調もよくて常に元気なんだわっ、はははっ!」2人は確かに体調も良くて元気だった。事故を起こした後だというのに骨折もなければ打撲も捻挫も何もない。痛い箇所は一つもないのだ。

「ジーちゃんが今まで話せた人ってどんな人だったの?」「死んじゃった人とか〝成仏しなさいオバサン〟とか…」「成仏しなさいオバサンってなに?」「成仏しなさいオバサンはその言葉の通り!〝成仏しなさい〟って普通に話しかけてくんのよ。ははっ!最初っから見えちゃってるパターンが多くって、そういう人達とは会話したことがあるぞ」成仏しなさいオバサンか…。勝輝はちょっと面倒くさそうだなと思ってあたりをキョロキョロしたがこの場所にはそんな人はいなさそうだった。

ドッグランの柵越しに犬を見ながら話していた二人の元に大きな犬がやってきた。「この子はゴールデンレトリバーかな」勝輝はジーに犬種を伝えた。

「へぇ、お前ゴールデンレトリバーなのかぁ、かわいいなぁ。コイツ見えてるなー、俺たちのこと」ゴールデンレトリバーはジーの目をじっと見つめた後、ワンワンと吠え出した。「大きい声だね。吠えたら他の人来ちゃうかな?マズくない?」勝輝は人が来るのを警戒した。

犬は前足を柵にかけて二本足で立った。ハァハァとした息づかいでジーに顔を近づけてニコニコしていた。「犬が吠えてるくらいなら大丈夫さ。うはぁ、かわいいヤツだなぁ」ジーはそう言って犬の頭や顔をわしゃわしゃと撫でるとそれに答えて犬はいっそう尻尾を振って喜んだ。

ジーが犬の首筋をわしゃわしゃと撫でると綺麗なゴールドの毛が宙を舞った。

「犬は人間よりも俺たちの認識率が高いと思うよ、すぐに気づかれちゃう」そういえばウチの犬も時々空中を見つめたり、何もないところに吠えたりしてるなぁ。それってやっぱり何か見えてたってことなのかも。勝輝は自分の家で一緒に暮らす愛犬のことを思い出していた。

ジーはひとしきり犬を撫で終えると挨拶をした。「またなっ」犬は一言だけ返事を返した。「ワン!」確かに認識率が高そうだ。コッチが見えていて、言葉も理解していて、返事も返してくる。

挨拶を終えた犬は全身を使ってフルスロットルのバイクのような猛スピードで飼い主の元へ走り去っていった。

15:アウトドア好き

その日の夜、勝輝とジーはバイクで神奈川県の西側まできていた。勝輝の家までバイクで30分くらいの場所にある西丹沢まで戻ってきたのだ。

西丹沢は山々に囲まれていて美しい。バイクで走るととても気持ちがよく、勝輝はそんな地元の空気感が大好きだった。しかしこれから家に帰るとなると話は違う。勝輝は家に帰ってもどう過ごせばいいのかわからず、悩んでいた。

ジーと別れると話相手もいない一人の世界になってしまう。

それはジーも同じなのだが、そんな勝輝の気持ちを見透かしてなのかジーは勝輝に提案した。

「なぁ、カツキ、西丹沢のキャンプ場で一晩ゆっくりしないか?」「急いで家に帰る用事もないんだろ?俺がよくいくキャンプ場があるんだけど」「あぁ、いいね。行こう行こう」勝輝もジーに旅に連れて行って欲しいとお願いしようと考えていたところに提案されたので、断る理由は何もなかった。

勝輝もジーもアウトドアが大好きでキャンプは慣れたものだった。

ジーはキャンプ場に到着すると一番奥にある古びた東屋へ向かった。「ココが俺のお気に入りの場所さ。ほとんど誰も来ないし、雨が降っても大丈夫。中央で焚き火もできるからココでそのままよく寝てるんだよね」「ココなら楽でいいね。テントの準備も何もしなくていいじゃん!最高だよっ」

勝輝は小枝や火口となるものを集め、次に薪木を集めた。勝輝は動きも軽く数十分の間に一晩焚き火をしても足りるくらいの量の薪を集めた。

ジーはまっすぐな一本の棒を持っている。おいおい、まさかその棒で火おこしでもする気かと、少し離れたところからジーを見ていた。ジーはまっすぐな棒を板切れに押し当てた。自分の手のひらを合わせてスリスリと擦らせると、お次は手のひらの中に棒を挟み込んだ。そして擦り合わせながら一気に下まで回転を進めた。

下まで進むとまた上のほうに持ち替えて、再び擦り合わせながら下まで回転を進める。3往復目で煙がもわっと出てきた。火種を丁寧に火口に包むと優しく息を吹き込んだ。瞬間、火は起きた。きりもみ式で着火するなんて、すごいサバイバルスキルだ。

あたりは薄暗くなってきて、これから焚き火を楽しむにはちょうど良かった。「男は何も道具がなくても火を起こせるくらいのワザは持ってないとな!わははっ!」とても満足げに勝輝にワザ自慢をして見せた。何とも頼もしい限りである。

16:あの世への送り方

ジーはその日の晩、胸ポケットからスキットルを取り出すと勝輝にウィスキーを薦めた。「ちょっとは飲めるんだろ?」そう言われた勝輝はバイクにくくりつけてあったポシェットから同じようにスキットルを取り出して持ってきた。「俺ら似たもん同士だ。ははは」生意気にも勝輝のスキットルの中身はウィスキーだった。

焚き火を眺めながらウィスキーを飲んだ。しばらく火を育てるように弄っていると、そのうちにジーが話し始めた。

「俺は理由があってココにいるんだよ。成仏だか何だかは置いておいて、みんながいるところにはまだ行けていない。カツキ、死んだとき覚えてる?」「うん、一瞬で死んでたけど、よく覚えてるよ。俺トラックに激突されて…」勝輝は死んだことを思い出すと辛くなってきて黙ってしまった。

「そのときさぁ、あの世に行かなかったろ?」「あの世?そんなところには行ってない。気を失って記憶もなくて、普通に家で目覚めただけだったよ」「本当はあの世に行くんだってよ、みんな。でも俺達みたいに死ぬ予定じゃなかった人間が急に死んでしまうとあの世に行かずに、そのままの世界で過ごすことになっちゃうみたいなんだ」ジーは不思議な話を始めた。ただその口調からは何でも知ってるワケではなさそうだった。

勝輝はジーの目を見て真剣に聞いた。この話しがデタラメではないことは分かる。

「俺の場合は死んだあと家に帰ってしばらく普通に過ごしてたんだ。自分が死んだことに気づいたのは死んでからしばらく経ったあとだったんだ」ジーは焚き火を眺めながら続けた。

「死んだことに気がついてからは何もできない自分に苛立っていたけど、あるとき急に1人の仙人みたいな人が家に来て俺に話しかけてきたんだ。マジでビビったよ、誰にも声が届かないのに急に向こうから話しかけてくるんだから。」

「で、何しに来たのか聞いたら俺のことを迎えに来たっつーワケ。俺のご先祖さんだって言うんだけど、頼みごとがあるからまだコッチに残れって言うんだよ」「死んだ人に頼みごとなんておかしな話しだね」「おーん、最初は俺も信じなかった。でもご先祖さんが何度もウチにやってくるうちに仲良くなって、それで頼みごとを聞いてやることにしたんだ」「それってどんな頼みごとだったの?」

「ご先祖さんは迎えに行く人が何人かいて、順番に連れて行ってるからお前はまだ順番じゃないと。俺は後回しだ、と。ちゃんと時が来たら迎えにくるからそれまでの間、他の人達をあの世に送る手伝いをしろって言うんだ。だけど最初は何していいのかわかんなくてさー」ジーにもいろいろあった様子だった。それも当たり前である。死んでしまったのにまだこんなところで旅を続けてるのだから。

ジーは落ち着いた様子で話を続けた。「ところがあるときあの世に送る方法がわかったのさ」「え?ジーちゃん凄いね。どうやってあの世に送るの?」「送るっていうか、なんて言うか…。旅の途中でなんだけど、1人のおっさんが電柱の前に体育座りで座り込んでたのよ。しかも花束も置いてあって、スマホを見ながら泣いてたのよ。うわー、なんか絶対意味ありげだなぁと思って一応声をかけてみた。そうしたら案の定、勝輝と同じように普通に話ができたんだよね。」

「で、なんで泣いているのか聞いたら、自分がなんでココにいて、なんでこの場所から動けないのかもわからないって言うんだよ。スマホで色々調べてたいたみたいなんだけどわからないし、誰にも連絡がつかないと」

勝輝は一瞬で悟った。「それって亡くなった人ってことだよね?」「そうなんだよ。俺はおっさんに〝一旦落ち着け〟ってなだめて、おっさんに死んでることを伝えたんだ。俺ビックリしたんだけどこのシチュエーションでおっさん気がついて無いワケ!自分が死んでることに!なんで花束があるかわかるか?って聞いても、〝わからない〟って言うし」

ジーは両手でお手上げのジェスチャーをしながら続けた。「それからは、ちゃんと見れば見えるしちゃんと聞けば聞こえるよってことと、俺も死んだ人なんだよってことを優しく話して教えてた。そうこうしてたらおっさんが〝遠くから花束を持ってくる人が見える〟って言い出した。その人が俺たちの目の前まで来たときわかったんだ。 その女の人がボロボロの花束と新品の花束を交換しにきたんだ。その人はおっさんの恋人だったんだよ。それを2人で見てたらおっさんもようやく納得したらしい。〝死んでしまったのなら仕方のないことです、ありがとうございます〟って、おっさんは俺にお礼をいって頭を下げたんだ。そうしたらおっさんの体がほんのり薄くなって宙に浮き出した…」「宙に浮いた!?」

勝輝は自分の時と同じことに気づきジーを急かすように続きを聞いた。「そのあとは!?」

「そのあと俺は〝元気でな〟って声をかけたんだけど、おっさんは空高くずっと上にあがっていって見えなくなった。それを見て俺も納得したんだよね。あー、死ぬとこうなるのね、って。みんなこうやってあの世に行くんだなってわかったのよ」

勝輝は口を挟まず黙ってジーの話を聞いていた。

「だから俺は旅をしながらあの世に行きそびれたヤツに声をかけて天に送ってるのさ」勝輝は自分も宙に上がったことを思い出しながらジーに伝えた。

「お、俺もだよ!俺も宙に浮いたんだよ、死んだとき。でも天まで行かなかった。空に吸い込まれていく途中で気絶しちゃったんだ」「え?そうなの?そのパターンは見たことないな。宙に浮くとみんな見えなくなるまで上にあがっていくぜ?」

勝輝はなぜ天まであがらなかったのか、それはジーも知らないことだった。2人は不思議な現象に頭を悩ませたがしばらくするとジーは笑顔で勝輝に言った。「まぁ、気にするなよ。悩んだって仕方のないことだってある。そのうち誰かが教えてくれるさ。俺はカツキがいたほうが楽しく旅ができるよ。はははっ!1人だとどうしても孤独に感じちゃうからなぁ〜」ジーはいつも明るいが寂しがり屋の一面もあるようだ。

勝輝はこのタイミングで旅への同行について切り出した。「旅の話しなんだけどさ…。しばらく俺も一緒について行っていいかな?俺、正直、家帰ってもどうすればいいかわかんなくてさ。また自分の葬式みたいなの見るのは気持ち悪いしジーちゃんと旅してた方が正直楽しいからさ。せっかく死んだんだからエンジョイしたほうがいいでしょ?」「そうだな、カツキは運がいい!俺とすぐに出会えたんだから。死んですぐに友達ができるなんてラッキーすぎるだろ、お前!わははっ!エンジョイしとけ!」

「っていうか事故って死んでる時点で運が悪いんだけどね!あはははは!」まったくその通りだと、2人とも自分たちが死んだことなど気にも止めていない。星空が眩しい真夜中のキャンプ場に2人のバカ笑いが響いた。それは生きている他の人間にも聞こえてしまいそうなくらい楽しげで大きな笑い声だった。

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