慌ただしい勝輝の朝
いつものベッドで目が覚める。勝輝は目覚ましを使わない。眠くなったら寝るし、朝は勝手に目が覚める。いつも何らかの作業に夢中で忙しい。
この日も、勝輝は早くバイクを組み立てなくてはと、起きたばかりなのに慌ただしく身支度をする。友人の悠真と一緒にツーリングをするためのバイクを組み上げようとしている。
古物市やジャンクショップを足繁く通ってバイクの部品を集めるのが勝輝の日課だ。つい2週間ほど前も悠真と2人で近所の河川敷で開催された車やバイク好きが集まるフリーマーケットへ行っている。
「悠真、フロントフォークがあったら教えて」
フロントフォークなんて簡単に見つかるものじゃないのをわかっていても、期待してしまう。
「この前だってジャンク屋でヘッドライトのブラケットが手に入ったじゃん」
数あるバイクの中から何故か勝輝が組み上げてるバイクに必要なパーツが見つかってしまうのだ。悠真曰く、勝輝にはバイクの神様が憑いているんだそうだ。
2人で歩いてまわっていると悠真がとあるテントの前で足を止めた。勝輝もつられてふと足を止めると、足元に転がる一対のフロントフォークを見つけた。
「おっ!あったよ、悠真!!マジで奇跡、本当にあると思わなかった!」
売り子の兄ちゃんに聞けば部品取りで解体したバイクからそれぞれをオークションに出品していて、勝輝の欲しがったフロントフォークは最後まで買い手がつかず、いよいよフリーマーケット行きになったということだった。
奇跡のような出会いに勝輝は感動した。
「ありがたいことだ!これであとはブレーキパーツを組み付けたら完成だ」
喜ぶ勝輝を横目に頼むからブレーキパーツだけは新品を買えと、何度も促されていた。勝輝は悠真の言うことはいつもしっかりと聞いている。ブレーキパーツだけは新品を買うと約束した。
勝輝は1台のバイクを組み上げるために、すでに3台を解体していた。必要なパーツを本命の車体に移植し、余った部品はオークションやリサイクルショップへ。そこで得た金で、また次のパーツを買う。商売人のような良い繰り返しだった。
河川敷のフリーマーケットに行く前にはエンジンのオーバーホールを終えて、ガソリンを供給、エンジンの始動までを確認ずみである。すでにバイクの形はできていたが、前タイヤを支えるサスペンションのフロントフォークは、部品取りの古い車体からのものでオイルが漏れていた。
ブレーキのパーツは、悠真に何度も注意されていたので新品を買う約束をしており、まだ取り付けていない。残すところフロントフォークとブレーキだけなのだ。
そこにきてフロントフォークが手に入ったため、残すはブレーキだけとなったのである。
フロントフォークを買った帰りには家から1番近くのパーツショップでブレーキパーツを発注。いよいよ、自分が組み上げたバイクに乗れる日が目前まで来ているのだ。
いてもたってもいられず、朝起きたばかりだというのに慌ただしいのだ。
勝輝の父と母
勝輝の父・勝彦は50過ぎ。バイクに夢中な息子を快く思っておらず、『バイクはやめろ』『じいさんもバイク事故で死んだ』と何度も口うるさく注意していた。最近はほとんど会話もしていない。
ソワソワとブレーキパーツの入荷を待ちどおしく思っている勝輝とは対照的に、勝彦は部品だらけでごちゃごちゃになっているガレージにうんざりとしていた。
「おい、親父。俺の大事なパーツを乱暴にするなよ!」そんな勝輝の声にぴくりとも耳を傾けず勝彦は部品の山を雑にまとめていた。そしてため息をついて無言のまま出て行ってしまった。
勝輝がバイクを置いているのは母屋とプレハブ小屋の間にある庭の一画、ガレージだ。桐生家の母屋は勝彦の代で建て替えたが、祖父、そのまた祖父の代からずっとこの場所に住んでいる先祖代々の土地だ。
勝彦も祖父勝男もバイクなんて一切いじらない。勝輝の曾祖父がバイク事故で亡くなったことが原因なのだろう。勝輝は迷惑に思った。曾祖父がバイク事故で亡くなってしまったのは勝輝には関係のないことだ。しかし、ガレージはバイク好きの曾祖父が仕立てた名残がある。勝輝はその点だけは曾祖父に感謝している。
ガレージには誰がどう見ても「これどうするの?」と聞きたくなるような部品の山。そして今にも動き出しそうなやっとの思いで作り上げた1台。それと移動用に原付がある。
勝輝は電車に乗って学校に通うのが嫌になったので原付を仕立てた。これも不動品を修理して乗れるようにしたものだった。とは言ってもバイクに夢中で学校をサボることもしばしばだった。
勝輝が今朝から慌ただしいのは注文したブレーキパーツが届いているか確認しに行くからだった。
勝輝はプレハブ小屋の冷蔵庫に入っていたカステラと牛乳でほんの1分で済ます朝食を終えると母屋のリビングを外から覗いた。母、君子が誰かと電話で話している。何か立て込んだ様子だが、急いでいた勝輝は君子には声をかけず、夜になったら声をかけようと思った。
「ヘルメットだけはしっかりかぶってよ!」と口酸っぱく言う君子の言いつけを守ってフルフェイスのヘルメットを被ると、原付で足早にパーツショップへ向かった。
組み上げたバイクに合わせてヘルメットだけはお金をかけて買った。だから原付に乗るときでもフルフェイスを使っているのだ。




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