確信
カミナリに打たれたように痺れた頭で事実を思い出した。
勝輝はもう一度あたりを見渡して、この光景が自分のお通夜であると察すると同時に棺に入った自分の頬を引っ叩いたが目覚める様子はなかった。
みんな一様に神妙な面持ちで目に涙を浮かべながら線香をあげている。
「おい親父!母さん!俺ならここにいるってば!」だが誰1人として勝輝の声に応える者はいなかった。
「ちくしょう、いったいどうなってやがる?」夢とも現実ともわからない状態のまま、新しく組み上がったバイクに跨ると自分の事故現場へと向かった。
到着するなりすぐに事故現場を確認した。
飛び散った原付のパーツのかけらを見て自分が事故を起こしたと確信した。そのままあてもなくバイクでふたたびパーツショップへ行くと、タイヤ交換を済ませた白髪の男がいた。
「おじさん、俺…」勝輝は男に話しかけた。勝輝の様子を見た男はすぐに答えた。
「お前、死んだんだよ、だからお前のことは、誰にも見えないし声も届かない」男にそう諭されると勝輝は冷静に答えた。「じゃ、おじさんは何なのさ?なんで俺の声が聞こえてるの?」
「お前と同じってことだよ」
幽霊という存在
俺、死んだのか…。死んだよな。死んだ瞬間覚えてるしな…。で、このおじさんも死んだ人ってことなのだろうか。
「ねぇおじさんは…」そう話しかけると被せるように男は言った。「あのなぁ、おじさん、おじさんって言うのやめてもらえる?こう見えてもまだ30だよ。お兄さんだろ、そこはー!はははっ!」
白髪の短髪で細マッチョ、古びた服装に無精髭。だがよく見ると肌艶は良く端正な顔立ちをしている。ニカっと笑った笑顔は若々しく、歯も白くて年齢を感じさせない。髪を黒染めして服を着替えたら勝輝よりも若く見えるかもしれない。
「ふーん、30なんだ、白髪頭なのに?」「うるせーよ、お前だって二十歳そこそこのクセして白髪たくさんあるじゃねぇか」
勝輝は中学生くらいの頃からポツポツと白髪が生え、年々白髪の量は増えていた。「これは生まれつきさ。でも特に気にしてない」「俺も気にしたことなんてねーよ、とにかくおじさんって呼ばれるのは何だか違和感だ。やめてくれよー」「うん、わかった。俺は勝輝って言うんだ。20歳、大学生やってる。お兄さんは?」「俺は風来坊、30歳の旅人さ。みんなからはジーって呼ばれてる」「へぇ、珍しいあだ名だね。ジーさん?ジーくん?ジーちゃん??うーん、ジーちゃんって呼んでもいいですか?」「おう。おじさんって呼ばれるよりはよっぽどいいや」ジーは自分のバイクを満足そうに見ていた。
一仕事終えた様子でポケットからタバコをだし、1本咥えて火をつけた。
「ふぅー。カツキ、これからどうする?」「いや、全然どうしたらいいかわからないよ。ジーちゃんは?」「俺は旅人だからコイツに乗って旅に出るのさ。お前も来いよ」ジーは勝輝を旅に誘った。
「でも俺、まだバイクを磨いていない。せっかく組み上げたバイクだからピカピカにして出かけたいんだよ。それと、ガソリンも入れなくちゃ」ジーは勝輝の話を聞きながら自分のレトロなバイクのガソリンタンクをコンコンと叩いている。中身がほとんど入っていない空っぽのタンクの音が鳴り響く。
「ガソリン入れたいんだな。そんなのすぐ終わるさ。カツキ、ここを見てろよ」そう言うとジーは自分のバイクのガソリンメーターを指差した。すると、空を示しているメーターの針がクククっと上に上がっていく。満タンを示すところまで持ち上がるとジーは再びタンクを叩いて音を鳴らした。今度はガソリンが満タンに入っている鈍いコンコンと言う音に変わった。
「え?なんで?どうやったの?」「簡単さ。目に力を入れながら〝入れ!〟と強く念じるのさ。試してみろ」勝輝はジーに言われた通り自分のバイクのメーターを睨め付けながらガソリンが入るように念じた。すると先ほど見たのと同じように自分のバイクのメーターの針が本当に動き出した。
満タンまで針が進んだところで念じるのをやめてタンクを鳴らした。タップリと液体の入った低めの音だ。確かにガソリンは満タンになっていた。
「すごい!本当にガソリンが満タンになっちゃったよ」「結構色々できる。はははっ!便利だろ?次はピカピカにしてみろよ?」そう言われた勝輝は少し離れてバイク全体を見渡すような位置からキレイになれと念じた。いつの間にか細かな汚れや小傷は消え去りバイクは磨きあげたようにピカピカに輝き出した。
「ねぇジーちゃん、これって俺達が幽霊だからできるってことなの?」「そういうことだな」ジーは咥えていたタバコを地面に捨てると「で、どこ行きたい?」と勝輝に尋ねた。
「おい、ジーちゃんタバコのポイ捨てはやめろよ」そう言うとジーはタバコを捨てた場所をちょんちょんと指差した。勝輝が目をやるとジーが捨てたタバコの吸い殻は無くなっていた。「俺がいらねーと思ったり、俺から遠く離れたりすると、勝手に消えちまうのさ」
信じられないことが次々と起こる。勝輝は幽霊という存在は、随分と都合がいいもんだと感心した。
風を切る2台のバイク
「ジーちゃん、俺、このバイクが組み上がったら本当は友達と一緒にツーリングに行きたかったんだ」「ほーん、そんでカツキが行きたかった場所ってどこなのよ?」ジーは優しい口調で勝輝の行きたい場所を聞いた。
「海が見たかった。千葉県に渡るときにアクアラインってあるの知ってる?」「ああ、知ってるよ。あのでっかい橋のことだろ?」「そうそう、そこ!」「じゃ、行ってみようぜ」ジーはバイクに跨るとエンジンをかけた。お前もエンジンをかけろよと言わんばかりにバイクに顎を向けた。
「まだ慣らし運転なんだから慎重に行かせてよ。不具合が出て転んだりしたら大変だ」勝輝は組み上げたバイクに自信があったが寄せ集めのパーツがいつ不具合を出すかわからず不安を感じていた。「大丈夫だよ。何とかなるさ」ジーは勝輝を諭すとアクアラインを目指してバイクを走らせた。
勝輝も何も迷うことなくそれに続いた。ジーの後ろを走行しながら勝輝は色々な考えに思いを巡らせた。
死んでしまった自分。同じ境遇のジー。
これから2人はどうなるのか。なんで見ず知らずの男と急にツーリングをしているのか。ただ、この人は悪い人じゃないという安心感があった。
2人のバイクは大きな音を立てながら風を切って進んでいった。
海ホタルのカレー
川崎からアクアラインに乗ると気持ちのいい海風を感じた。
ここまで誰1人、車もバイクも1台も見かけない。信号は全部青だった。一回も止まることはなかった。パーツショップを出発してから一度も地面に足をつけず、ただひたすらに走り続けてきた。
勝輝は途中にある海上施設の海ホタルに寄りたかった。勝輝はジーの前へ出て海ホタルに寄るように手で合図を送る。ジーからのオッケーのサインを確認した。
まもなく分岐を入ると海ホタルへ向かって2台のバイクが入って行った。
バイク用の駐車場で止まり、エンジンを切るとひとまずホッとした。「ジーちゃん、俺トイレに行ってくるよ」「あぁ、ここで待ってるよ」そう言うと勝輝はトイレへと向かった。トイレなんて行かなくていいと思えば行かずに済むのだが勝輝はまだわからない。
ジーはタバコに火をつけて一息ついた。バイクに乗って2人でツーリングは楽しい。1人で旅をしていたときよりずっと充実している。
勝輝が戻ってくるとジーは言った。「あんまり遠くに行ったり長い時間バイクから離れたりしないほうがいいぜ」「え?なんで?」「なんでって?バイクが消えちまうからだよ」この人は何を言ってるんだろうと思ったがジーが説明を始めた。
「俺は何度もバイクを消してる。というか、油断していて消えちまったことがある。つまりだな、離れたり忘れたりすると消えて無くなっちまうのさ。逆に必要だと思えばなんでも手に入る。ガソリンも自由に満タンにできたろ?あれは自分にとって必要だからさ」
「ジーちゃんは何度もバイクを無くしてるってこと?」「あぁ、そういうこと。でも無くなると寂しいだろ?だから無くならないように注意してる。忘れないようにしてるし、あまり離れないようにしてるのさ」
ジーは咥えタバコを摘んでピンっと捨てると勝輝にニコっと微笑んだ。なるほど、タバコの吸い殻は地面に落ちて1秒で消えた。
「ねぇジーちゃん、俺腹減ったんだけど中で何か食べない?」「あぁ、行ってみよーか。…と、その前に。絶対戻ってくるから消えるんじゃねーぞ」ジーはそう言ってから飼い犬を待たせておくかのように自分のバイクのボディを撫でた。勝輝も同じように「ちょっと腹ごしらえだ。待っててくれよ」と言ってバイクを撫でた。
東京湾アクアライン上にあり、木更津市と川崎市を繋ぐ海ホタルは広い。5Fにあるマリンコートのフードコートを訪れた勝輝は驚いた。
人が誰もいない。
パーキングエリアのフードコートに人がいないことなんてあるのか。誰もいない席に座るとジーが声をかけた。
「カツキ、そこはやめろ。こっちの席に座ってろ」勝輝はジーに言われるまま隣の席に移動して座り直した。誰もいないんだからどこだっていいだろ?と思ったが口答えせずに素直に聞いておくことにした。
「カツキ、そこで座って待ってろ」ジーにそう言われると勝輝は軽くうなづいて待った。ジーは店のカウンターへ行ってしまった。
スマホを取り出してお天気アプリを確認するとしばらく晴れマークだった。バイクで出かけるにはちょうどよかったと、そんなことを考えているとジーが戻ってきて勝輝の前に腰掛けた。「カレーでいいよな?食おうぜ」ジーはそう言って勝輝の前にカレーを差し出した。
「え?ジーちゃんこのカレーどうしたの?」「ん?そこのゴーゴーカレーで買ってきたけど」「だって誰もいないのにどうやって?」「あっ!そうか、お前見えてねーんだ。わりいわりい、説明しとけばよかった。あのな、俺達って幽霊だろ?だから俺たちのことが見える人なんてほとんどいないワケよ。でも、実際はたくさん人がいる。さっき勝輝が座ろうとしたところは子供が座ろうとしてたから、コッチの席に変えたんだ」
またこの人はおかしなことを言い出した。どう見たって誰もいない。子供なんて1人もいない。ジーちゃんには何が見えているのか。
「いいか、勝輝、目を閉じて耳を澄ませてみろ」勝輝は、ジーに言われる通り目を閉じて耳を澄ませた。すると、ザワザワと人の気配を感じる。
すぐ隣の席には幼稚園児くらいの女の子が母親と何か話している気配がする。「な。いるだろ?この場所には人がたくさんいる。感じようと思えば思うほどリアルに感じる。そして見ることもできる」
勝輝が目を開けると隣の席には母親と子供が座っていた。フードコートの中は多くの人で賑わっていた。
ジーは説明を続けた。「無意識に見えなくなってる存在は見えなくてもいいのかもしれない。でも見ようと思えば見えるんだ。注意点としては俺達から人間が見えてもあまり意識しないことだ。俺達が興味を持ってしまうとあっちがコッチに気がついてしまうことがある。そのときは大騒ぎさ、はははっ!」ジーは説明しながらカレーを食べ始めた。勝輝もつられて食べ始めた。
「ジーちゃんは大騒ぎになったことあるの?」「あぁ、あるよ。時々だけど俺のことが見えてる人間もいて〝成仏しなさい〟だとか言ってくることもあるし、単純に〝キャー!今何かいた!〟みたいに騒がれちゃうこともあるなぁ」勝輝はジーの説明を真剣に聞いていた。
勝輝は幽霊なんて今まで一度も見たことはない。だが否定することもなかった。まさか自分が幽霊になってしまうなんてことは想像の範疇を遥かに超えている。
「幽霊って色々気を使ってんのかもね」「おーよ、俺はめちゃくちゃ気を使ってるよ。はははっ!」ジーはガツガツとカレーを食べていて今にも食べ終わりそうだった。勝輝は久しぶりに食べるカレーの味を堪能した。
温かくてとても濃厚なカレー。ゴーゴーカレーは悠真ともよく一緒に食べた懐かしい味だ。勝輝はカレーに添えてある箸休めの福神漬けが大好きだった。
「ねぇ、ママ、あたしもカレーがいい!」「るぅちゃんはカレーが食べたいの?」隣の母娘の声が聞こえてくる。
「うん、あたしもカレーがいいー!お兄ちゃんが食べてるのと同じカレーにするー」小さな女の子は勝輝のカレーを見ながらそう言った。「はーい、るぅちゃんのお兄ちゃんはカレーが好きなのかなぁ?カレーを食べてるのかなー?るぅちゃんもカレーにしようねー」母親は女の子が言ってる〝お兄ちゃん〟という存在を受け入れもせず、否定もせず、言葉巧みにかわしていた。
勝輝は急いでカレーをかき込んで食べ終えた。
「おい、カツキ!この子見えてる、もういくぞ」勝輝も見られてることに気がついていて、口の中にいっぱいのカレーを含んだままコクコクと頷き、急いで立ち上がった。チラリと隣に目をやるとるぅちゃんと呼ばれていた女の子は勝輝に向かって手を振った。
勝輝は誰にもわからないような小さな動作で女の子に手を振った。勝輝は食べ終えたカレーの器を返却口に持って行った。
「お兄ちゃん、ばいばーい」「バイバイだねー、お兄ちゃん帰っちゃったのかなぁ?またねー。るぅちゃんと遊んでくれてありがとー、カレー食べようね」
2人は急いで外へ出て、他の人間に見られて騒ぎになる前に停めてあるバイクに跨り急いで海ホタルを後にした。



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