夏の海風と記憶釣り(20:救出)

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20:救出

“おいおい、コイツらマジかよ…。何で釣り餌に触れないかな”

「はーい、とられてるー。海斗お願い」

針先に餌が付いていないことを確認して瑠璃が言った。

触らないまま糸をプラーンとさせながら海斗を頼る。

海斗は瑠璃の針にイソメをつけてやると「ありがとー」と言って瑠璃は再び仕掛けを海の中へポチョン。

「海斗くん、お願い」

お次は結衣。結衣も瑠璃と全く同じ。釣り餌のイソメに触れない。

海斗は結衣の針にもイソメをつけてやった。

「海斗ー、次俺もー」

“湊…、お前はイソメを触れよ”と思いつつも、やれやれ、どいつもこいつも…。という気持ちで湊の針にイソメをつけた。

海斗はイソメ付け係に徹していた。

初心者というのは意外性を秘めている。

瑠璃も結衣も小物の魚をいくつか釣り上げている。でも触れないので魚を外すのも海斗が世話をする。

湊は釣り餌のイソメは触りたがらないが釣れた魚は自分で外せていた。

手のひらサイズのカサゴを釣って、自分のスマホで記念撮影をしていた。

もちろん釣れた魚が何なのかは海斗だけしかわからないのだが、それぞれ釣りを楽しめていた。

四人は遺留品を釣り上げることなどすっかり忘れて釣りを楽しんでいた。

すると、沖のほうからバシャバシャと音を立てながら桟橋に向かってくる一艘のボートがあった。

男が一人、物凄いパワーでオールをかいて船をコントロールしている。

「おっちゃんの貸しボートだ。すげぇなあの人。物凄い速い」

海斗は手漕ぎボートのスピードに驚いた。

みるみると近づいてくるボート。

四人が釣りをしている桟橋まで戻ってくると麦わら帽子を被ったボートの男が声をかけて来た。

「お前達こんなとこで何やってんだ!?」

あれれ?と思って男の顔をよく見ると、それは拓真だった。

「あれ?拓真?何でお前ボートなんて漕いでるんだよ!?」

海斗はビックリして拓真に尋ねた。

聞けば拓真はおっちゃんのところでアルバイトをしているということだった。不具合のある貸しボートのメンテナンスを終えたおっちゃんが、拓真のフルパワーでも問題なくボートが対応できるのか試しているそうだ。

「拓真ってボートも漕げるんだー、すごいねー」

瑠璃は感心していた。

拓真はボートを漕ぎ終えて桟橋に上がるところだったのだが「面白そうだから乗せてくれよー」と湊に言われボートに留まった。

湊は拓真の乗っているボートに乗り込んだ。

「へぇ、面白そうね。私も乗せて」

湊に続いて結衣もボートに乗り込んだ。

「瑠璃もおいで」

結衣に促されると瑠璃もボートへと乗り込んだ。

小さな手漕ぎボートは四人でぎゅうぎゅう詰めだった。

「お前達危ないからちゃんと準備してからにしろって!」

海斗がそう言うと拓真は答えた。

「ま、ちょっとだけだから。すぐそこを一周だけくるっと回ってすぐに戻ってくるよ」

拓真は湊と結衣と瑠璃にボート乗りの体験をさせてやろうと考えたのだ。

海斗は桟橋からボートの先端を足で蹴り出して「拓真、頼んだぞ。くるっと一周で帰ってこいよ」と言って船を送り出した。

ボートの乗員は四人だから海斗は桟橋で一人釣りをすることにした。

瑠璃は海斗から借りたライチョウを大事そうにしっかりと握りしめていたが、釣竿を持ったままボートに乗り込んだことは、送り出した海斗でさえも気がついていなかった。

海斗はようやくゆっくり釣りができるなぁと、落ち着いてからフェニックスに釣り餌をセットしてから海へ投入し、竿立てに立てかけた。

拓真が漕ぐボートはゆっくりと穏やかに進んで行った。

二十メートルくらい進んだところで海斗は瑠璃を眺めてハッとした。

「ヤバ!瑠璃、泳げないのにライフジャケットつけてないじゃん!」

拓真はライフジャケットをつけているが瑠璃も結衣も湊もライフジャケットをつけていない。

クルっと一周と言っても、不安だ…。どうしよう…。拓真のボートの扱いは完璧なんだけど…。

遠くてキャピキャピとはしゃいでいる瑠璃を見れば見るほど、心配になってきていてもたってもいられない。

湊は泳げるからまぁいいとして、結衣は?うーん…、結衣は何でもできるから泳げそうだけど…。確か陸上のタイムは良かったよなぁ、いやいや、そういう問題じゃないか。

とにかく瑠璃が心配だ。

海斗はおっちゃんの貸しボートの一番小さいボートにライフジャケットや救命用の浮き輪を積んで拓真が漕いでいるボートを追いかけた。

「おーい、お前達ちょっと待てよー」

海斗は大きな声で呼びかけたが、海は意外と声が届かない。しかもあっちは四人でキャピキャピとはしゃいでいるから余計に海斗の声が聞こえていない。

桟橋からは百メートルくらい離れただろうか、すっかり周りは三百六十度海だった。

穏やかな夏の昼下がり、波は穏やかで風が心地よい。

四人が乗るボートもそれを追いかける海斗のボートも海にぷかっと浮かんで、平和そのものだった。

海斗は声が届くところまで四人のボートに近づいた。

「拓真!お前、漕ぐの速すぎなんだよ。一旦止まれ!」

「海斗ー、一人じゃ寂しくなって追いかけてきたのー?」

瑠璃は何かを持ちながら片手で無邪気に手を振った。次の瞬間、瑠璃は突然大きな声を上げた。

「きゃあああ!!」瑠璃の体が狭いボートの上でグラっと揺れた。一緒に乗っていた拓真も結衣も湊も何が起きたのかわからなかった。

「バカ!瑠璃、何でお前竿を持ったままなんだよ!」

海斗は焦った。

瑠璃はボートに乗り込む時に海斗のライチョウを持ったままだった。

ライチョウの先端は大きくしなりラインは海へと引き込まれていた。

「瑠璃!両手で竿を持て!!」

海斗は叫んだ。

「え?え?」

瑠璃は慌てながらも海斗に言われるがまま竿を両手で握った。

リールのドラグからジジジジジジーと大きな音が鳴り響く。

「きゃあっ!」

瑠璃は竿に引っ張られていた。

「海斗くん!ローラーが壊れてるわっ!」

結衣が叫んだ。

「違う!壊れたんじゃない!デカい魚が食ってる!結衣!瑠璃を支えてくれっ!」

結衣は瑠璃の背後から抱き抱えるようにして、竿を握り込んで支えた。

海斗は事の危険性を瞬時に把握していた。

海斗のライチョウは普段から大物を釣るためにセットしてあった。初心者の練習用ならわざわざ小物用のライト仕様に変えなくても良かったので、そのまま瑠璃に貸したのだが、まさか大物が食ってくるなんて想定外だった。

ライト仕様であればラインはプツンと切れてしまうのだが、大物狙いのライチョウのラインは切れない。しかもリールに備わったドラグという機能は、魚が海に逃げ込もうとラインを引っ張っても、竿が折られないように、ラインを切られないように、リールから自動でラインを送り出してしまう。

ライチョウに食った魚がラインを引き込む時のドラグの音は、魚の巨大さを物語っていた。

「海斗!これ魚なのか!?」

湊が焦って聞いた。

体勢を崩したせいでボートが揺れてしまって結衣と瑠璃に近づけない。拓真はすでにボートを漕ぐのをやめていたがボートの先端で横揺れを制御できずにいた。

「みんな落ち着け!」拓真が声を荒げた。

「あれ?平気。何ともない」瑠璃はキョトンと答えた。

安心した結衣も竿を離そうとしたが海斗が叫んだ。

「ダメだ!二人とも手を離すな!強く握り込め!」

そう叫ぶと再び竿の先端がグニャっと曲がって、さっきと同じ音が鳴る。

ジジジジジジー!!

魚が海の底へと逃げようとするとリールからラインが送り出される。

「なに、これ…。凄い力…」

結衣は歯を食いしばって竿を強く握りしめた。

「…。ダメ…、腕が痛い…」瑠璃の腕が震えている。

二人は今にも弾き飛ばされそうなほどに、海の中では魚が大暴れしていた。

湊が手を伸ばし、やっとの思いで伸ばした右手で竿を握った。

竿の震えと連動して湊の手もガクガクと揺れている。

四人のボートと海斗のボートは目と鼻の先だが飛び移るわけにもいかず、海斗は対処法を必死に考えた。

「湊!ハサミでラインを切れ!」

海斗は湊に叫んだ。

「ハサミなんて持ってねーよ!」

そう言って湊はラインに触ろうとした。

「触るな!!」海斗が湊に叫んだ。

「危ないから素手でラインに触るな!」

ライチョウのリールに巻かれているラインは八本の糸を編み込んだPEラインという丈夫なラインで、素手で切ることはできない。糸が送り出されている時に素手で触れば怪我をしてしまう。

「糸がなくなりそうだ!全部出ていきそうだぞ!?」

なんだって?糸が全部出ていく?バカな!?百五十メートル巻いてあるんだぞ!?

ジジジッ…。ジジッ…。

ドラグが不穏な音を立て始めている。

湊と結衣と瑠璃は狭いボートの上で団子状態だった。

魚の引っ張りに翻弄されてバランスが取れない。

「湊!巻き上げろ!リールを巻け!全力で力一杯巻け!」

「わかった!」

湊は瑠璃と結衣が必死で支える竿を自分も右手でガッチリと掴み、左手で力一杯リールを巻き始めた。

ドラグはジジジジと音を立て、魚が抵抗する。

「うおおーぉー!!」

湊は気合いを入れてどんどんラインを巻き上げた。

結衣と抱き抱えられた状態の瑠璃の二人は湊に押しつぶされそうだが、しっかりと竿を握り、足でも力強く踏ん張っていた。

湊の頑張りの甲斐あってラインは半分以上巻き戻していた。

おそらくあと50メートルくらい…。

湊と魚の押しつ押されつの攻防がずっと続いている。

「もう腕が限界だよー。コイツ本当に魚なのか!?強すぎなんだけど!」

どんなにキツいトレーニングでもいつも飄々としていてイケメンの表情を崩したことのない湊が、おかっぱボウヤの頃のように必死になって声を上げた。

もはや湊を笑う者はいない。

結衣も瑠璃も竿を支えるのが精一杯。

必死にボートをコントロールする拓真も動けずにいた。

魚とのバトルの運命は湊に託された。

海斗は一人救命用の浮き輪とロープを繋いだセットを2つ用意した。

ロープの先も自分のボートにしっかりと固定した。

ボートの底に置いてあるギャフを取り出して四人の乗るボートのふちへ駆けると、柄のほうを握って綱引きのように引っ張った。四人のボートと海斗のボートが海の上でくっついた。

海斗は2つのボートをロープで繋ぐとギャフを四人のボートへ投げ入れた。胸ポケットに入っているハサミを取り出しラインを切ろうと考えたとき、大きな影が横切るのが見えた。

「見えた!」「デカいっ!」「でかー!」「でっかーー…」

それは海斗が今までに見たことがないようなサイズの大きな青物、ブリかカンパチのように見える。泳ぎが速すぎて正確な魚の種類が特定できない。航の魚拓よりもでかそうだ。

湊が竿を立てるとバシャバシャと大きな音を立てて一瞬水面に姿を見せたが、魚はすぐに海の中に潜ろうとした。

「ハサミ持ってるからラインを切るぞ!」

海斗は自分のボートから四人の船に移ってラインを切ろうと考えた。

「海斗待って!」

瑠璃が大きな声を出した。

「コイツだったのねー!許さなーい!」

ボートの端で小さくうずくまって竿を握っていた瑠璃は、湊と結衣に竿を預けたまま身軽にくぐって海斗の投げ入れたギャフを手に取った。

湊が最後の力で竿を立てると魚は目前まで迫ってきていた。

「この、暴れん坊っ!」

そう叫んで瑠璃が振り翳したギャフは魚の背びれと頭の間にガツっとヒットした。

ドッっと鈍い音が鳴ると海水の中にじわっと魚の血が滲んだ。

湊は竿をボートに置いて瑠璃の持つギャフを握った。同時に結衣も瑠璃を補助するようにギャフを手に取った。

「おい、バカ、無理だって、危ないっ!」

海斗が叫んだがギャフを持つ三人は魚を引き上げようとした。湊も結衣もギリギリの状態でバランスを保ち、ボートの縁に足をめり込ませて思い切り体重をかけていた。

「んあああぁぁあぁーーー!!」

三人は雄叫びを上げながらギャフを目一杯力づくで引き上げた。瑠璃は力任せにボートの床に足をめり込ませるように、踏んばって立ち上がった。

ビチビチビチッ!!

ビチビチビチッ!!

引き上げると同時にギャフは魚から外れ、大きな魚は床でも大暴れを続けた。

魚の正体は巨大なカンパチだった。

ハサミを持ったままの海斗は釣り上がった百センチ級のどデカいカンパチを目前にして口をあんぐりと開けていた。目は点になっていた。魚と同時にギャフもボート床に投げ出された、そのとき…。

ドッボーーーン!!

大きくバランスを崩した瑠璃が海に落ちてしまった。

「え?」湊は瑠璃が落ちたことに気がつくのが一瞬遅れた。

結衣は瑠璃がバランスを崩した時点で腕を伸ばしていたがギリギリで瑠璃を掴めなかった。

「瑠璃ぃーーー!!」

ドッボーーーン!!

結衣は叫びながら瑠璃に続いて海に飛び込んでしまった。

二人が海に落ちたことで船は大きく揺れた。

「瑠璃っ!結衣っ!」湊は叫んで立ち上がると暴れるカンパチがスネにぶつかり、避けようとした弾みでカンパチを踏んづけてしまった。

まるでバナナでも踏んだかのようにぬるっと足を滑らせた湊は…

ドッボーーーン!!

海に落ちてしまった。

「だから、危ないって言ってんだろーが!」

海斗はロープを自分の体に巻くと救命用浮き輪を持って迷いなく海に飛び込んだ。

四人とも海に落ちてしまった光景を見ながら拓真は頭が真っ白だった。

海斗は救命用の浮き輪を結衣の近くへ浮かせ、続いてもう一つを湊の近くへと浮かべた。

その泳ぎの動線は魚のようにスムーズで、一番遠くまで投げ出されてしまった瑠璃の元へ真っ先に向かった。

声も上げずにバシャバシャとしていた瑠璃をしっかりと抱き抱えて「落ち着け落ち着け」と、声をかけた。

海斗に声をかけられて安心した瑠璃は海斗にしがみついた。

「海斗、私泳げない…」と、ようやく言葉を発した。

「知ってるよ」

海斗は海面から頭だけを出した状態で優しく瑠璃に微笑んだ。

瑠璃にしがみつかれたままだがしっかりとライフジャケットを身につけている上に、ロープもボートへと繋がれているので一切焦ることはなかった。

海斗は瑠璃を抱き抱えたままで自分のボートへとロープを手繰り寄せた。

小さなボートの上に服のままでずぶ濡れになった瑠璃を押し上げた。身軽な瑠璃はスルッとボートに乗り上げることができた。

「瑠璃、ちょっとそこでおとなしく待ってろよ」

そういうと海斗は振り返って結衣の元へ泳いで向かった。

海面を見れば結衣も湊もしっかりと浮き輪に捕まっている。

海斗は結衣の捕まった浮き輪のロープを手繰り寄せて、結衣を拓真の乗っているボートまで引っ張った。

「拓真!結衣を頼む」

「結衣、しっかり!」

拓真は結衣の手をしっかりと握りボートへと結衣を引き上げた。

「けほっけほっ!拓真くん、ごめん…」

「大丈夫」

拓真は優しく結衣を抱き抱えた。

「湊ぉー、お前はレスキュー必要かぁ?わははっ」

海斗は浮き輪を手にして海に浮かぶ湊に笑いながら声をかけた。

「あんなにデカいの釣れるなんて思わなかったよ!俺ら凄くね!?」

湊は海の中で釣り上げた魚の自慢をした。

「あぁ、すごい凄い。海に落ちなけりゃ完璧だったけどな」

海斗は湊を見ながら笑っていた。

湊は危なげなく自力で拓真と結衣の乗るボートへと戻っていった。

「海斗!まじでごめん。お前がいなかったらほんとにヤバかった…」

拓真は海斗にお礼と謝罪が混ざったような感謝を伝えた。

「あぁ、全然大丈夫だよ。それにしてもすげぇよなぁ…」

海斗は水面から顔を出した状態のまま、ボートの上でビチビチと跳ねる巨大なカンパチを見て、ふぃーっと安堵のため息を漏らしていた。

著者コメント

全26章あります。コメント残していただけるととても励みになります。

是非、楽しんでいってもらえたらと思います。

応援よろしくお願いします。

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