輪廻を駆ける(6)

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17:祖父勝男

勝輝の両親、勝彦と君子は病院にいた。

「勝彦さん、勝男さんもそろそろなのかな?」「そうだな…。そろそろ覚悟しておかないとな」勝輝の祖父の勝男の様子を病院へ見にきたのである。勝男は近頃ではほとんど眠っていることが多く、意識もほとんどない様子で勝彦が呼びかけてもあまり返事を返すことはなかった。

父はもう先は長くない。

そう思うと同時に、やはり息子、勝輝のことが頭をよぎってしまう。「まさか勝輝のほうが先に逝ってしまうなんてな…」

「勝彦さん、私も何度もそう思ったわ。今でも信じられない。でも、仕方ないことだって自分に言い聞かせてるの。何を言っても悔しいだけで何も変わらないもの。相手の人も亡くなってるんだから憎む相手もいない」相手のトラック運転手は心筋梗塞だったらしい。

運転中、突っ伏してしまいそのまま事故を起こしてしまった。運転中すでに死んでしまったのかもしれない。いずれにせよ、事故とは加害者も被害者も望んでなんていない。

運命の歯車みたいなもの。事故はマイナスの条件が重なりあってしまった最悪の状態の時に発生するものである。

「オヤジは大往生だな。勝輝にも見習って欲しいもんだ。俺はあいつがバイクいじりに夢中になっているときに何度も注意したんだ。でも好きや好奇心は何を言っても止められないってことなんだよな」今にも息を引き取りそうな眠った父親を見ながら亡き息子のことを思い出していた。

「止められるワケないじゃない。あの子ったらワケのわからない鉄の塊みたいな部品を私に見せながら〝やっと手に入ったよ、これで完成なんだ〟って言ってご飯も食べずにガチャガチャやってるのよ。あんなに嬉しそうにしている子に〝バイクはやめなさい〟なんて言えないわよ。きっと今頃天国でガチャガチャやってるに違いないわ。」

目にはうっすらと涙を滲ませながら君子は言った。悲しんだり嘆いたりしないよう努めている様子が伝わる。家に帰れば当たり前のように勝輝がいるかのように、日常の会話を続けた。

深い眠りに落ちている勝男のいる介護医療病院は介護と医療の両方を受けながら、終の住処として暮らせる場所だ。病院のような管理体制に老人ホームのような生活環境が整った場所で、簡単に言えば、最期まで過ごせる場所なのである。

勝彦と君子は毎週のように勝男に会いにきていたが、それもあと何回かで終わることを感じ取っていた。

18:ジーの朝食

「あー、よく寝たわぁ。やっぱり外で寝るのが気持ちいいんだよなぁ〜」ジーは大きく深呼吸して朝の空気をめいっぱい吸い込んだ。勝輝のほうを見るとまだぐっすりと眠っていた。

ジーは焚き火の残火に薪を追加し、炊事場に置き去りにされていたフライパンを持ってきて油を引いてから火にかけた。「ニワトリちゃんに感謝して、っと」ジーはキャンプ場の隣にある養鶏場からもらってきた卵をパカりと割ると目玉焼きを作り始めた。

醤油を垂らした良い香りが漂うと勝輝が目を覚ました。「ジーちゃん早いね。もう起きたの?」「あたりまえだよ、カツキも早く起きろ」ふふッと笑いながらソーセージも追加して焼いている。勝輝は一見料理なんてしそうもないジーを見ながら、テキパキと朝食を作る生活スキルの高さに感心していた。

「これ食ったら出かけっぞ!」ジーはそう言ってパン、目玉焼き、ソーセージの乗った朝食のお皿を勝輝に差し出した。「ありがと。いただきます。今日はどこにいくの?」寝起きでも食欲は旺盛だった。勝輝はパンを手に取り齧りながら聞いた。

「今日は神社にお参りでも行こうと思う。」「ふーん、ジーちゃんってよくお参りに行くの?」「まぁな」

支度も早々に言われるがままバイクに乗って出発することになった。このくらい振り回されていたほうが気持ち的にも楽だった。これからどうなるんだろう?そんな不安な気持ちが湧き上がるのだが、ジーが一緒にいると不思議と塞ぎ込まずにすんでいる。

明るくて気さくで頼もしい、勝輝はそんな安心感を感じながらジーの背中を追っていた。

19:友達

埼玉県小鹿野町にある小鹿神社(おしかじんじゃ)は、平安時代創建と伝わる由緒ある神社だ。理由はよくわからないが近年では「バイク神社」として注目されている。

ジーは何度もこの場所にお参りに来ている。「バイクで旅をするならココで交通安全を祈願しとかねーとな!」境内にあるバイクの形を模した「OGANO」ロゴののぼりは小鹿野町のシンボルである。転倒防止お守りなどが用意されており、バイク愛好家に人気の様子がよくわかる。

しばらく進むとお賽銭箱があり、勝輝は小銭を準備しようとした。

ジーも同じく財布から小銭を出そうとした。そのときジーの手を滑り落ちて何枚かの小銭が賽銭箱を目前に地面に散らばった。勝輝はジーの落とした賽銭用の小銭を拾った。

「あれ?ジーちゃん何これ?古いお金?見たことないのばっかりなんだけど」そう言って拾った小銭をジーに渡した。「古い?別に古くないと思うけどな」ジーは不思議そうに手のひらの小銭を見つめた。

「いやいや、俺のはほら、100円とか50円とか。お賽銭するならご縁があるように5円玉を入れるとか言うじゃない?」勝輝はジーに手のひらの小銭を見せた。「なんだ、それ、そんなこと聞いたことないわ。わははっ!カツキのお金、全然違うじゃん!外国かよっ!」

ジーは気にも止めずに自分の手のひらの小銭をバラバラっと無造作に賽銭箱に投げ込んだ。

パン!パン!ジーは二拍手一礼を済ませた。勝輝もそれに続いて5円玉を投げ込んでから二拍手一礼をしてからジーの後に続いた。古い小銭ばかりだったジーのことが気になって聞いてみた。

「ねー、ジーちゃんって何年生まれ?」「ん?明治43年だけど?なんで?」「え!え!?えぇぇ〜、明治??平成じゃなくて昭和じゃなくて大正でもなくて、明治!?」ヤバー、凄い昔の人じゃん、そんなことある?

勝輝は驚いたが、妙にレトロな雰囲気だったのが腑に落ちた。

「なんだよ、別にそんなおかしなことじゃないだろ。明治43年生まれだ。30歳で死んだときは大正を通り越して昭和だったぞ、すげぇだろ!わははっ!」明治43年って1900何年だ?勝輝はスマホで和暦を調べると明治43年は1910年だった。今は2025年なのでジーは115年も前の生まれということになる。

「ジーちゃんって昔の人だったんだな。計算すると115年も前に生まれた人だよ」「ふーん、じゃカツキは何年に生まれたのよ?」「俺は2005年だよ」「えー、そうなの?だって俺が30歳で勝輝が20歳だから10個しか歳違わないじゃーん」何をデタラメ言ってるんだと言わんばかりに言った後、ジーは顎に手を当て上目使いに計算を始めた。

「うーん、じゃあ、なんだぁ…カツキって、俺が死んでから55年後に生まれてきたってことになるか?うははー!それじゃ死んでなくても、死んでるって!ギャハハハハハ!!」ジーは腹を抱えて笑い出した。

大笑いするジーを見ながら、答え合わせをするように勝輝も計算をした。

「ジーちゃん計算早いね。えっと、どゆこと?2005年引く1910年だから…えっと95!95歳だよ!ジーちゃんが生きてたら95歳のときに俺が生まれてくるんだ!あー、ワンチャンいけてたかも!はははっ!」

「いやー、無理無理。みんな70くらいでおっ死んでたって!」

ゲラゲラと腹を抱えて笑うジーを見て勝輝もおもわず笑ってしまった。勝輝とジーは生きていたら出会えなかった存在だ。例え出会えたとしても友達になることなんてできない歳の差だ。

生まれた時代が全然違う友達ができたと思うと、なんだか特別な気分になった。それは二人とも同じ気持ちだった。

20:悠真の家族

勝輝は交通安全祈願のお守りを買うためにいくつかのお守りを見たかった。これからジーと2人でバイク旅を続けるのならお守りくらいは持っておこうと考えたのだ。

「ジーちゃん、俺お守り買っていくけどジーちゃんも買う?」「いや、俺はもうバイクにつけてあるし、お守りはいいや。俺ちょっとあっちの方行ってるわ」ジーはそう言って公園の方を指さしていた。「わかった、買ったらそっち行くよ」勝輝はそう伝えるとお守りが並んでいる前に立ち、どれにしようかと眺め始めた。

勝輝はてんとうむしのデザインがあしらわれた黄色いお守りを買った。買ったと言ってもボックスの中に自分でお金を入れて買うスタイルの無人販売だ。勝輝はキッチリとお金を入れてお守りを一つ握りしめた。

お守りを買っている勝輝の後ろから子供の声が耳に吸い込まれた。

「パッパ〜、おがニャッピー?」父親に抱き抱えられながら、男の子はお守りにデザインされているキャラクターを探しているようだ。勝輝は男の子がお守りを探しやすいように一歩退いた。子供を抱き抱える父親を見た瞬間勝輝は思わず声を上げた。

「悠真っ!」

それは勝輝の親友の悠真だった。「悠真!お前何でこんなところにいるんだよ、凄い偶然だなぁ!」勝輝は一瞬笑顔になったがすぐに素に戻った。勝輝の声は悠真には届いていない。

ふと子供を見たが、子供の方にも勝輝の声が届いていない様子だった。「そうだ、ジーちゃん以外に声は届かないんだった…」子供と一緒に色々なお守りを見ている悠真は1つを取り上げた。

「おっ、いたな!おがニャッピー!これ買って行こう」そうやってかわいいキャラクターがバイクに乗っているキーホルダーを子供に見せた。「うふふふー」子供は照れたような嬉しい笑いで悠真に微笑んだ。やっと言葉が出たばかり、3歳くらいのように見える。

「悠真ぁー、早いってば。ベビーカーあるんだからおいていかないでよー、もー」

後ろから子供の乗っていないベビーカーを押しながら女性が近づいてきた。帽子を深く被った女性の顔を確認すると勝輝は驚いた。「美羽っ!」

母親らしき女性は勝輝と悠真と同じ大学へ通っていたクラスメイトの1人の美羽だった。しかしどうにも様子がおかしい。美羽の雰囲気が勝輝の知っているイメージよりもだいぶ大人びている。

「はい、ハルくんおいで。パパ今からおがニャッピー買うから待っててあげて」「マーマ、おがニャッピ!」子供はとても嬉しそうに悠真から美羽へとバトンタッチされた。

勝輝は何が何だかわからずに傍らでじっと3人の様子を見つめていた。呼吸も忘れ、瞬きも忘れ、口も開いたままで悠真の様子を見ていた。勝輝はあることに気づいた。悠真もかなり大人びている。

勝輝は冷静に分析をしていた。「えっと…。悠真がパパで美羽がママで、子供がいる…。2人は結婚していて家族になった??え?この子は美羽が産んだ子なのか?」そんなことはありえない。なぜなら悠真も美羽も同じ大学に通っていて同級生なのだから。美羽が妊娠、出産なんてタイミングはなかったはずだ。

「美羽、これも買ってきた」そう言って悠真が美羽に見せたのは勝輝が買ったものと同じ黄色いてんとう虫のお守りだった。

「てんとう虫で転倒防止なの?さすがバイク神社だね、かわいいじゃん!こういうの勝輝くんに持たせておけばよかったよね」不意に勝輝の名前が出てきたので勝輝は驚いた。

「そうだなー、でもアイツ転倒するようなドジじゃないよ。あの事故だって勝輝は何も悪くなかったし。まぁ相手のほうも何も悪くないってことなんだけどさ…。本当にただただ運が悪かったってだけ…」「もう5年も経つのに——」悠真は一息ついた。

「いまだに勝輝がバイクに乗ってひょっこり現れそうな気がする」

5年?5年って何だ?勝輝は状況がよくわからないままやりとりを見つめるだけだった。「確かに勝輝くんは転倒はしないよね。悠真はドジなとこがあるからちゃんとお守りをつけてたほうがいいよ。ふふふっ」美羽は勝輝よりも悠真のほうが運動音痴だと思っているようだ。確かに勝輝はバイクで転倒したことなんて一度もない。

美羽は勝輝のすぐ横をスーッと通過し悠真がつまみあげているお守りをじっと見ていた。美羽の一箇所に結んだ長い髪の毛が揺れた。勝輝は美羽の長く伸びた髪を見て、自分が死んでしまったときから何年もの月日が経過していることを悟った。

ジーと過ごした何日かの間にいったいどれほどの月日が進んでしまったというのか。勝輝は何もできず、悠真と美羽のやりとりを眺めながら立ち尽くした。

美羽はベビーカーに子供を乗せるとお守りとキーホルダーの両方を子供に持たせて、押し始めた。何気ない会話をしながら駐車場まで戻ってきた家族と一緒に勝輝もついて来てしまった。「悠真!やっぱり聞こえてないのか!?」勝輝はダメだとわかっていながらも声をかけた。悠真に声は届かなかった。

悠真は勝輝の声を無視しているかのように淡々と帰り支度を始めた。駐車場にあった1台の車をキーレスでピッと開けて、子供をチャイルドシートに乗せたあと、ベビーカーを折りたたんでトランクへ押し込んだ。悠真は運転席に座り、美羽は後部座席、その隣には小さな男の子。

3人が乗った車はエンジンがかかるとすぐに、駐車場に勝輝を残したまま走り去ってしまった。

悠真には、ただ一言でいいから声が届いてほしかった。

勝輝は胸の奥が冷たくなったような気がした。

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