夏の海風と記憶釣り(4:瑠璃の記憶)

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4:瑠璃の記憶

暗い夏の海は、昼間の暑さが嘘のように涼しくて、海風が気持ちいい。

海斗はいつもの釣り座に来ていた。

海斗は決まって堤防の左先端の部分で釣りをする。堤防を端まで歩くのは意外と面倒だ。

足繁く釣り場に来る者であれば、一番魚が釣れる外海に面した中央の場所を釣り座にしたがるが、海斗は違った。

実は左側の先端は航が大物を釣り上げた場所で海斗はこの場所にこだわりがあるのだ。

海斗は早速フェニックスに自分のリールをセットして、航からもらったブラクリの仕掛けに餌をつけると海へと沈めた。

釣りはそんなに簡単なものではない。いつも思うようにいかないのが釣りである。

この日フェニックスを携えた海斗は気合い十分だったが、釣果は上がらなかった。

二十二時を回っても、餌を付け直しては海に沈めて、静かに生体反応を待つのみだった。すっかり一人の世界に没頭していた海斗だったが、不意に、海斗に近づく人影があった。

「海斗。なんか釣れてる?」

暗がりから声をかけてきたのは瑠璃だった。

「何も釣れてないよ。珍しいな、瑠璃がこんな所に来るなんて」

海斗はシルエットと声だけですぐに瑠璃だと気がついた。海斗は瑠璃のほうをちらりと見たきり、すぐに海を見つめていた。

瑠璃は海斗のすぐ隣までくるとしゃがみ込んで座り、釣り餌を見ながら言った。

「うわー、きもー。私、絶対触れない」

ふと目をやると海斗は驚いた。瑠璃はショートパンツに部屋着姿だった。

「おいおい、瑠璃、お前その格好で来たのか?」

「ん?そうだけど?」

何が悪いのと言わんばかりの瑠璃は、白くて長い脚の膝上に腕をついたままきょとんとしていた。足元はサンダルだった。

「お前なぁ、いくら家が近いからって、堤防にその格好で来たら危ないって。最低でもズボンと靴だろ」

「いいのいいの、夜だから日焼けしないしー」

「日焼けの問題じゃなくてさぁ…」

そう言いながら海斗は一旦海に沈めていた仕掛けを上げてフェニックスを竿立てに立てた。

「瑠璃、ライトは?」

「ん?ないよ?」

海斗はしゃがみ込んで餌を覗き込んでいる瑠璃に目をやると、見れば見るほど部屋からそのまま来た雰囲気だった。

ヘッドライトに照らされた、瑠璃の部屋着のシャツの隙間から、胸元が見えそうで目のやり場に困ってしまう。

「さぶぅ…」

風が吹くと瑠璃の長い髪がそよそよとなびいた。

「瑠璃、お前泳げないんだろ?」

「うん、そだよー」

そう言って立ち上がると瑠璃は照れ隠しの笑みを浮かべながら海斗のほうを見た。

「海は危ないんだからそんなコンビニ行くみたいな格好で来るなってば。ホレ、これ掛けとけ、危ないから」

海斗は首からかけていた自分のライフジャケットを脱ぐと瑠璃の首からかけてやった。瑠璃のなびいた髪から香るシャンプーの香りが、海風の磯の香りを掻き消した。

「ありがと。あー、これあったかーい!」

海斗が使っていた肩掛け式のライフジャケットをまるでマフラーかのようにつけて喜んだ。

海斗の頬は真っ赤っかだったが、夜の海では気がつかれていない様子でほっとした。赤らめた顔を隠しながら、ハンディライトを瑠璃に渡した。

「それも持ってろ、マジで危ないんだから」

ハンディライトをオンにすると瑠璃はまたしゃがみ込んで釣り餌を照らした。

「うわー、ガチ無理ぃー。照らしたらアウトのヤツだった。ってか、海斗これ手で触ってるの?ちょっと引くわぁ」

クスクスと笑いながら瑠璃はライトであちこち照らして見ていた。

「釣り餌なんだから、触るに決まってるだろ。で、瑠璃は何しに来たの?」

「うーん…。あたしの部屋からここ見えるじゃん?さっきお風呂上がりに海のほう見たら、海斗が見えたから来てみただけ」

「何で俺だってわかるんだよ?」

「わかるよ、だって海斗と航くんっていつもここじゃん。顔が見えなくても動きでわかるもんだよー」

「ふーん、そんなもんかぁ。今日は全く釣れてないんで、冷やかしならお断りだ、ぞっとー」

そう言って再び仕掛けを海へと沈めた。

瑠璃は、沈んだ先をハンディライトで照らした。

「夜の海って真っ黒で怖いよね〜」

それからしばらくは、餌をつけ直して海に沈めるの繰り返しになった。

瑠璃は餌を付け変える海斗の様子を気持ち悪そうに見ていたが、それはそれで何だか楽しそうだった。

そろそろ餌も尽きる頃、海斗が仕掛けを海から上げようとすると何か重さを感じた。

「あれ?なんか付いてるな」

「え?何か釣れた!?」

瑠璃は海斗の持つ釣竿がぼーっと光るように見えた。瑠璃が興奮気味に聞いたが海斗は冷静に答えた。

「いや、魚じゃない。海藻か何かがついているだけだ」

リールを巻き取って抜き上げると、それは筆箱くらいの細長いケースだった。

「何だこれ?なんかのケースかな?」

「ペンダントケースじゃないの、それ?」

瑠璃にそう言われた海斗はケースを手に取ると、確かにペンダントケースのようだった。両手でパカっと開くと、そこにはターコイズのトップがついたペンダントが入っていた。

ケースの汚れとは対照的に中身は何も傷ついておらず、汚れた様子が一切ない新品の状態に見えた。

「瑠璃、正解!ペンダントが入ってたよー。珍しいものが釣れることもあるもんだな。見てみる?」

そう言って瑠璃にペンダントを渡したその時…。

「私、泳げない…」

ペンダントを手に取った瑠璃はポロポロと泣き始めた。

「おい、何だよ急に…」

両方の手のひらの上に乗せたペンダントを見つめながら瑠璃は言った。

「これ、私の…。私のペンダント…」

「はぁ?お前のだったの?なんだ?海に落としたのか?」

「違うの海斗、これ。前の私が持っていたペンダントなんだけど、私、泳げなかったから溺れて死んじゃった…」

そう言って、ペンダントを見つめたままボロボロと泣いた瑠璃は、その場に泣き崩れてしまった。

「おい、しっかりしろって、どうした?大丈夫だよ…。溺れて死なないようにライフジャケット貸しただろ?大丈夫だよ」

海斗は慌てて瑠璃の肩を抱いて、落ち着かせようとした。海斗の胸に額を当てた瑠璃は、小さな肩を揺らしながらボロボロと泣いたままだった。

海斗は瑠璃が落ち着くまで肩を抱いたままで、そばに居てやることしかできなかった。

その日は、それきり釣りにならずに、撤収することにして、すぐに瑠璃を家まで送ることにした。

著者コメント

全26章あります。コメント残していただけるととても励みになります。

是非、楽しんでいってもらえたらと思います。

応援よろしくお願いします。

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