21:カンパチパーティ
瑠璃を一人だけ乗せたボートに乗り込もうとして、海斗は身を乗り出した。が、海斗はボートに上がらずに海面から頭を出したままでとどまった。
ずぶ濡れの瑠璃を直視できず、海斗はボートに捕まりながらバタ足で岸へと泳ぎ始めた。
「瑠璃、そこにタオルあるから使っていいぞー」
海斗は自分のタオルを使うように促した。
瑠璃は海斗のフェイスタオルで顔をわしゃわしゃと拭いたあと、髪の毛も拭いてからタオルを首にかけた。
「海斗、ありがとー」
瑠璃はボートにあったオールを持ち、慣れない手つきで微力ながらに漕ごうと頑張った。
陽射しは強く、まさに夏日、海は穏やかで空は晴れやかな青が広がっていた。
手漕ぎボート二艘は桟橋まで無事に帰ってきた。
海斗は拓真のボートに乗って手際良く大きなカンパチを締めた。そのあと、拓真と湊の二人がかりで、カンパチは無事に桟橋へと移された。
海斗のクーラーボックスには入りきらず頭だけが入り、尻尾がはみ出している。
「でかいなぁ」
「うん、でかすぎるよ」
拓真と湊が感心していると後ろから結衣が来て言った。
「こんな大きな魚が釣れるもんなのね」
結衣も信じられない様子でカンパチを見た。
「私たち凄くない?」
瑠璃はとんでもないものを釣り上げてしまったことにあらためて驚いていた。海斗も今だに信じられない。
「こんなデカいの釣り上げる人、初めて見たよ。凄すぎる…」
とんでもないものを釣り上げてしまった五人は、カンパチを見ながらハハハハッと笑いが込み上げてしまった。
「で、どうすんだよ、これ…」
拓真が言ったが、誰も何も答えられずにクーラーボックスを囲んだまま、ハハハハッと笑うだけだった。
いつの間にか、五人の笑いは困り笑いに変わってしまった。
「ちょっと航くんに相談してみるからお前達は一旦家に帰ってシャワーしてきな」海斗はそういうと航に電話をかけた。
「あっ、航くん、あのさぁ、瑠璃が超特大カンパチ釣り上げちゃったんだけど…」
みんなは航と電話する海斗の様子を見つめた。
「…。そう。瑠璃が。…。…。うん。お願いしてもいい?…。…。うん。…。わかった、待ってる、じゃあね」
海斗は電話を切った。
「航くんなんだって?」湊が尋ねた。
「捌いてやるから任せとけって。今から取りにきてくれるって。ふぅ、流石、航くんだ」
こんな巨大な魚、誰が持って帰っても事件になってしまう。
五人は心の底から安心した。海斗だけを桟橋に残し、一旦解散ということになった。
それから間もなく航が桟橋に来て、一人だけで待っていた海斗から詳しく事情を聞いた。
航は大きなクーラーボックスへカンパチを移した。
「お前もびしょ濡れじゃないか。コイツは俺に任せて着替えてきなよ。
ウチで準備してるから勝手に入ってきていいぞ」
「うん、ありがとう。とりあえずシャワー浴びて着替えてくる。何から何まで急にお願いしちゃってごめんね」
海斗は足早に家へと帰った。
航は家に帰りカンパチのサイズを測ると百五センチ、重さは十五キログラムジャスト、相当大きかった。
航が今までに釣り上げた魚のサイズよりも大きく、釣り人にとっては夢のサイズだ。
「にしても…。デカいな…。ていうかこのカンパチ、太っちょだな」
航の見立て通りカンパチで百センチを超えたらかなりデカいし、十五キログラムもあるのは珍しい。
横たえた魚を見ると航は息を飲んだ。胴回りは丸太のように太く、腹はずっしりと張り、銀青色の体表が鈍く光っている。
「俺の太ももよりも太いな…」
目の前にするとその重量は圧倒的だった。
「とんでもないサイズだ」
航はしばらく言葉を失ったまま、しゃがみ込んで魚体を撫でた。
慣れた手つきだが初めて見るサイズに、自然と慎重になってしまう。まるで生き物というよりモンスターを扱っているようだった。
鰓(えら)の奥まで覗き込み、背中から尾にかけて視線を走らせる。
何度も大物を見てきたはずの航の眉が、ゆっくりと吊り上がった。
「さてと、兎にも角にもまずは三枚おろしからかな…」
航はカンパチを捌くための準備を始めた。
コイツを綺麗に捌くには俺の持ってる包丁の中でも大きいサイズが必要だな。
航の家のキッチンは魚を捌くための道具が、びっしりと並んでいた。鯛やタカベを捌いたときの出刃包丁と一緒に並んでいるたくさんの包丁の中から、大きなサイズの出刃包丁を取り出した。
それから、刺身包丁も一緒に並べて砥石で軽く研ぎ始めた。
シャーシャーと小気味のいい研ぎ音を鳴らしていると、ガラッとキッチン横の勝手口が開き、早くも海斗が入ってきた。
「早いな、今から三枚おろしにするぞ」
航の家のキッチンは、大きなまな板もあるし、シンクにはホースをつなげられる蛇口も用意してあって、本当に魚屋さん顔負けの環境だ。
航が何度となく、海斗に魚の捌き方を教えてきたキッチンだ。
「海斗、これ見てよ。わはははっ」
今日のカンパチはマックスサイズだ。まな板からカンパチがはみ出している。
「あはは!流石にはみ出しちゃうよね」
「はみ出すなんて初めてじゃね?」
航はしゃべりながら迷いなく魚の頭の部分に出刃包丁の刃を入れた。
「今日は豪華な姿作りにしようか。海斗、船のお皿を準備しといてくれ」
航は頭を落とさずに三枚おろしにする特殊な方法でカンパチを捌いた。
海斗が用意した船皿の上に、航が手際よく大根のツマを、荒波のようにあしらった。
三枚におろされていたが、頭から尻尾まで繋がった状態のカンパチ。
大根を土台にして、爪楊枝で頭と繋げていた。船皿の船頭に海の中から飛び出したように突き出した。後ろも同じく大根の土台に爪楊枝を刺して、尻尾と繋げると、船の上にUの字の形で、堂々とした姿でカンパチが構えた。
「すげぇ、これが姿作りか…」
姿作りの豪華さに、海斗は目を奪われていた。
「そろそろ、みんなを呼んでくれ。今日はカンパチパーティーだ。ウチで食べよう」
航は海斗にみんなの召集を任せると、大葉を引き、わさびを添え、すだちもあしらった。
脂の乗った大きな柵の身を引くと、あっというまに豪華なカンパチの姿作りが完成した。
次々とやってきたメンバーは大きなカンパチがどうなったのか、ワクワクでいっぱいだった。
航の家の和室には長座卓とフカフカな座布団がセッティングしてあった。さながら料亭のような佇まいで、海斗が人数分の醤油皿や湯呑みを用意して待っていた。
「航くーん、どこから入ればいいのー?」
湊の大きな声が聞こえてきた。海斗が出迎えに出るよりも早く、湊は玄関から入ってきた。
「湊、こっちこっち」
海斗に促され和室の長座卓に座った。それに続くように、拓真、結衣、瑠璃と続けてやってきて全員が長座卓を囲むように勢揃いした。
「よし、これでOKだな。海斗ー、もう運んでいいぞー」
航は舟盛りにしたカンパチの姿作りを海斗に運んでもらった。
長座卓の中央にドンッと置くと、みんなはカンパチの堂々とした姿に目を奪われた。
「すごい!」「すげぇ…」「豪華ね」「これ、航くんが作ったの?」
「ああ、そうだよ」
海斗が答えると、航がお盆にいろいろ乗せてやってきた。
「どうだー、すごいだろ?はい、これご飯ね」
そう言って全員分のご飯を配った。
「姿作りはみんなの思い出に写真に残してもらおうと思って作ったんだ。まだ手をつけてないうちに写真を撮ってくれよ」
航は写真を撮るように促した。
「写真が撮り終わったら刺身をみんなに取り分けるから、舟盛りを一旦下げさせてくれ」
みんなは、なんで?というような顔で航のほうを見た。
「飾りで使っている頭、骨、尻尾を使って焼き料理やあら汁も用意してあげるよ」
航はお刺身だけで終わらせないつもりだ。
すごいすごいと言いながら写真を撮っているのが嬉しくて、航はニコニコとみんなの様子を眺めていた。みんなが一通り写真を撮り終えると、航は舟盛りからそれぞれの皿に刺身を取り分けた。ツマや大葉も使って綺麗に盛り付けられた。
「さぁ、先にお刺身を食べていてくれ」
そう言って頭と骨と尻尾になった舟盛りを持ってキッチンへと戻った。
大きな頭からカマを切り分けた。
焼き魚用の長い串を通すと、高い位置から塩をパラパラと振り、勝手口の外にスタンバイさせておいた七輪で焼き始めた。
中骨はズドンズドンと切り分けると味噌汁の中へ。尻尾はグリルで炙った。三枚におろした半身は薄く切って豪華な見た目になるよう、花のような形に皿へと並べカルパッチョを用意した。
頭は大きな包丁で半分にして、煮付けの中へ。
航は残す部位がないほどに魚を知り尽くし、手際よく調理を進めていった。
「え、これさっきまで海で暴れてた魚なんでしょ?やば、めっちゃ新鮮じゃん!」
瑠璃は目をキラキラさせながら刺身を堪能した。
「脂のノリも凄いわ。お醤油につけると油が滲むもの」
「うんうん、脂のノリすごい!お醤油つけたら、もう油じわ〜って出てくるんだけど」
「噛んだ瞬間、弾力すご。歯ごたえめっちゃいい」
「ご飯に乗せて食べても美味しいよなぁ。このご飯酢めしだね、美味しい!」
航は和室の方から聞こえてくる声が嬉しかった。そろそろ刺身が終わっちゃう頃かな。焼き魚はまだ用意に時間がかかりそうだったので、別の料理も急いで準備した。
サラダ、タカベの竜田揚げがすぐにテーブルに並んだ。
「それはこの前海斗と釣ったタカベって魚の竜田揚げだよ。すだちを絞って食べてくれ。焼き魚ももうすぐできるから、まだお腹いっぱいになっちゃダメだぞ」
航は和室とキッチンを行ったり来たりと、大忙しだった。しかも焼き魚は七輪も使っているので、家の外に行ったりキッチンに戻ったり。
一匹の魚からたくさんの料理が出来上がるのが楽しい。
焼き魚が仕上がると、七輪の上にはグリルで炙っていた尻尾を乗せた。
「尻尾はもう暫く炙る。カマのほうは…。よし、もういいな」
ふっくらと焼き上がったカマの焼き目を見て皿に盛る。
刺身を食べ終えた長座卓に、カマ焼き、頭の煮付け、中骨のあら汁、カルパッチョを同時に運んだ。
「お前達の釣ったカンパチ、ホントにすげぇよ。こんなに用意できちゃったよ。わはははっ!」
こうして航も長座卓に混ざり六人で長座卓を囲んだ。
今日釣ったときの釣りの話をしながらワイワイと楽しんだ。
会話の少し途切れたところで航は七輪の上の尻尾を持ってきた。
「よしよし、完璧、仕上がってる。尻尾煎餅です。召し上がれ」
七輪の上でパリッパリになるまで炙られた尻尾は手でパキっと折れた。ひとつまみパキッと折って隣の人へ。
順番に回してみんなで尻尾煎餅を楽しんだ。
航は食後に小さな器にバニラアイスをポコンと乗せて、みんなに振る舞った。
気がつけば大きなカンパチはすっかり食べ尽くされていた。
「いやー、作った作った、食った食った。だなぁー」
航は満足気に長座卓の上を見渡した。
「それにしても、あのサイズの巨大モンスターに引きずり回されてよく竿も仕掛けも無事だったよなぁ」
航は海斗に聞いた。
「もともとライチョウを大物狙いのセッティングにしてたからね。今日は練習くらいのつもりでいたから、そのまま使っちゃったんだ」
ふーん、と聞き流しそうだったが航は不思議がって聞いた。
「でもハリスが細けりゃ糸がプツンと切れるけどなぁ、普通は」
確かに航の言う通りで、いくらPEラインが丈夫でも、重すぎる魚がかかれば連結するハリスの部分から切れてしまう。
海斗の仕掛けは最後までカンパチを引きずり回していた。
「実は仕掛けの用意をいろいろすっ飛ばして、PEラインに直接針をつけちゃったんだよね」
まぁ、わからなくもない。餌をつけたり、ハリスを結び直したり、自分以外の人の世話をしていたらいろいろ省略したくもなる。
推測だが、イソメを小さな魚が食べて、その魚がかかったままカンパチが丸呑みにしたのだろう。
全てが奇跡的に噛み合って、見事に釣り上げてしまった。
狙って釣れるものではないことが十分に理解できた。
航は自分も釣り上げたことがないモンスター級の魚が釣り上がった事実に、ただただ感心してしまった。
「海斗の竿も良く耐えたよ、凄いよ。てっきり大物狙いのフェニックスのほうを使ったのかと思ってたよ」
航がそう言うと、海斗はハッとして思い出した。
「あー!俺、フェニックス竿立てに立てかけたままだ!ごめん、みんな。ちょっと見てくる」
海斗は慌てて家をとび出し、桟橋のほうへ駆けていった。
海斗はしっかり者だが忘れ物はよくある。
「海斗って忘れっぽいところあるもんなぁ」
湊は笑いながら、海斗を見送った。
宴会ではないが、宴もたけなわ、みんなで片付けをすることにした。
結衣と瑠璃はキッチンに立って率先して洗い物を担当した。拓真と湊は航と一緒に七輪の片付けや、ゴミの片付けをした。
拓真が洗い物をする二人の様子を見にキッチンのほうへ行くと、整然と並んだ包丁類に驚いた。
「航くん、これ全部魚用なの?凄いね!」
「ああ、そうそう。コッチが出刃包丁で、その隣が刺身用で…。サイズや魚の種類で使い分けたりするんだよ」
「へぇ〜」
拓真と湊は興味津々、航にいろいろと教えてもらっていた。
洗い物が終わった結衣と瑠璃も、これは何?あれは何?といろいろと聞いているウチに、いつの間にか航のお魚講座になってしまった。
みんながワイワイと話していると海斗がフェニックスを持ったままで戻ってきた。
「おっ、無事に回収できてよかったな」
航が声をかけたが海斗の様子がおかしい。
妙にテンションが低い。
「ん?どうした?」
海斗はふぅーっとため息をついてから静かに答えた。
「みんな、ちょっと相談。これ見てくれる?」
そう言ってフェニックスの竿先からぶら下がる糸の先を見た。
「海からあげたら針にネクタイピンが引っかかってたんだよ…」
瑠璃と結衣と湊はハッとした神妙な顔つきで固まった。航と拓真は、それがどうした?と言う感じで訳がわからなかった。
「俺、まだ触ってもいない。ぶら下げたまま帰ってきたんだけど…。どうしたらいい?」
ネクタイピンは不気味に光っているようにも見えた。
なんだか重い雰囲気に一同言葉を失った。
「よくわからないけど、一旦落ち着こう。和室でお茶でも飲もう」
航の提案で六人は再び和室の長座卓を囲むことになった。
著者コメント
全26章あります。コメント残していただけるととても励みになります。
是非、楽しんでいってもらえたらと思います。
応援よろしくお願いします。



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