3:父の釣竿
海斗は父の顔を知らない。
母が彼を身ごもってすぐ、父は海へ出たまま、帰らなかった。けれどこの街の海風には、いつも父の匂いが混じっている気がした。
海斗は父親が亡くなってから生まれた子ではあったが、もともとこの街で漁業を営んでいた家系であったために、父親を亡くしてからも引っ越しをすることなく、ずっとこの街に住み続けている。
海斗は小さい頃から母子家庭であったが、海斗の父を慕う街の漁師たちからも大切に育てられてきた。もちろん隣に住む航も海斗のことを実の弟のように慕ってくれていた。
片親であることに苦労してきたわけだが、そんな苦労を微塵も感じさせない母は、たくましく偉大である。
昨日、海斗は自宅の物置倉庫を片付けていた。
倉庫は母も海斗も普段は立ち入らず、古い漁具や使わなくなった物が雑多に詰め込まれていた。
奥の方には何に使うかわからない棒や物干し竿のようなものまで積み上げられていた。いつかは処分するであろうその中から、今の今まで一度も気がつくことがなかった長い布の袋を発見した。
埃にまみれた謎の袋だったが、倉庫から外に持ち出して中身を確認すると、それは釣竿だった。
二本繋ぎタイプの釣竿は、明らかに使い込まれているようだが、ピカピカに磨かれていて、大切に使われていたことを物語っていた。
海斗が直感で父の物だと感じた通りで、母親に確認すると間違いなく父の物だと言う。海斗は母の許可を得てその釣竿を譲り受けた。
「こんなに立派な釣竿があるならお小遣い貯めて買う必要なかったなぁ。母さんも早く教えてくれたら良かったのに。流石にあんなところに紛れていたら気がつくわけもないか…」
昨晩、海斗は釣竿の入った布の袋を綺麗に洗って干しておいた。
釣りのケースの中に航にもらったブラクリを収めると、海斗は父親の釣竿を手に取って一本に繋げた。
「お父さんの釣竿カッコいいなぁ。俺が生まれる前のものだから、二十年くらい前だろうけどデザインもいい!」
全体的に赤いボディ色の釣竿の持ち手を握り、ガイドから竿の先まで、穴が開くようにじっくりと見つめた。
空に向かってビュッと振り抜いて投げる感触を確かめると本当に素晴らしい釣竿であることを悟った。海斗は父親から譲り受けた釣竿に「フェニックス」という名前をつけた。
海斗は自分の持っているリールをフェニックスのリールシートに固定してみた。ガッチリと固定されて問題なく使用可能であることを確かめた。この辺りの作りは二十年以上前の釣竿でも、物が良ければ何ら問題なく使えると確信した。
丁寧に拭き上げると綺麗になった。
すっかり乾いていた布の袋に丁寧にフェニックスを収めた。
一方、海斗が買ったもともと持っている釣竿は、黄色のカミナリのようなデザインの釣竿で、海斗はその釣竿を”ライチョウ”と名付けて使っていた。
ライチョウもまた布の袋に収納している。
物に名前を与えて愛着を持って使う海斗は、釣りを終えると毎回ライチョウを丁寧に拭き上げている。
明日から夏休みが始まり、まだまだ休みはたっぷりとあるというのに、海斗は二つの釣竿の準備が整うといてもたってもいられなかった。
海斗はフェニックスをそっと肩に担いだ。
まるで父と一緒に歩くような気がして、今夜の海を見たくなり夜釣りへと出かけた。
著者コメント
全26章あります。コメント残していただけるととても励みになります。
是非、楽しんでいってもらえたらと思います。
応援よろしくお願いします。



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