25:夏休み
一学期の最終日から始まり、夏休みの最初の一週間は、怒涛のごとくいろいろなことが押し寄せてきた。
航の家で開かれたカンパチパーティーもずいぶん前に感じてしまう。
夏休みも残すところあと一週間程度になってしまった。
今日は8月20日、父さんの命日だ。
海はいつものように穏やかで、空はどこまでも続くブルー一色、あっぱれな快晴だ。
俺は父さんのお墓に水をかけてゴシゴシと洗って、線香をあげてきた。日が昇ると暑いから、日の出とともに出かけて、今帰ってきたところだった。
今日からみんなでお泊まりイベントだ。
航くんも休みを合わせてくれて一緒に行けることになった。いつもの漁港の桟橋は、俺と航くんのお世話になっているおっちゃんが管理していて、俺や拓真はおっちゃんに頼まれたらアルバイトもしている。とは言っても拓真は部活ばかりで、その分の皺寄せが全部俺にきちゃって、夏休みはアルバイトで大忙しになってしまった。
その桟橋の反対、道路を挟んで向かい側は今シーズンからオープンになったばかりのグランピングの宿泊施設がある。
グランピング施設もおっちゃんが経営している。
俺たちのような高校生が泊まれるような場所ではないが、この夏休み、とにかくこの施設のBBQの準備と片付けに追われていた。
アルバイト代もだいぶ稼いだ。
ある日のこと、「みんなで旅行でも行きたいんだよなぁ〜」と、おっちゃんと休憩していると「それならこのグランピング施設を使っていいぞ」と言ってくれた。
もともとこの日は設備のメンテナンスをするつもりでお客さんを入れていないから、メンテナンスの邪魔にならないように使うなら、ご自由にどうぞといった感じだった。おっちゃんも知れたメンバーばかりなので、粋な計らいをしてくれたのだろう。
俺はいつものアルバイトの癖で早くきてしまった。
今まで散々用意してきたBBQをいよいよ自分が食べる番なのだと思うと、ワクワクしてきた。ただ、それを用意するのはやっぱり自分で、片付けも自分なんだけど。
食材はおっちゃんが全部ご馳走してくれるとのことで、とてもありがたい。
夜はBBQだが、ランチの用意はないので、人数分の寿司を頼んでおいた。
寿司を届けてもらってテーブルに並べていると、ぞろぞろとみんながやってきた。
「すごい綺麗だねー」
瑠璃がはしゃぐ声が聞こえてくる。
「おーい、みんなー。こっちこっちー」
海斗は今日泊まる部屋のところにみんなを呼んだ。
一日三組限定のグランピング施設はログハウス風のコテージとドームハウスが二つ。六人いっぺんに泊まれるのは中央の大きなドームハウスだった。ドーム内には海斗が用意した寿司が並び、メンバー全員を出迎えた。
海斗は久しぶりに会った航に言った。
「航くん忙しいのに今日は来てくれてありがとう」
「あぁ、この日のために休みもらったんだ。みんなに会うのも久しぶりだからな」
航に会うのはカンパチパーティー以来だ。
「しっかし、海斗、お前、焼けたなぁ」
湊が驚いた調子で言った。それに対して、どうして湊はこんなに色白なのか。野球の試合やアウトドアなどもするというのに。拓真と並ぶと湊の色白が余計に目立つ。
「お前は野球の試合もあったのに全然黒くならないのな」
なんでかよくわからないがいつもそうなのだ。
「生まれつきだな。ははは」爽やかすぎて湊の笑顔が眩しい。
「ところで、試合はどうなったんだよ?」
海斗がアルバイトをしている間、拓真と湊を仲間に入れた野球部は最高潮に盛り上がっていた。
「とりあえず、県で一位の学校に勝ってきた」
拓真は腕を組みながら、堂々と答えた。
「やっぱり、お前たちすげぇなぁ。拓真の代わりにアルバイトした甲斐があったよ」
「でね!でね!」
瑠璃が目をキラキラさせながら声を荒げた。
「みんなに重大発表がありまーす!」
右手をピシッとあげた瑠璃にみんなの注目が集まった。
「はい!結衣さん、発表をどうぞ」
伸ばした右手はそのまま結衣の顔の前にそっと寄せられた。
「ちょ…。瑠璃…」
「だって、言わないと、どうせあとで報告するんだから…」
結衣と瑠璃はもそもそと小声で何か問答をしている。
「ごほんごほんっ…」腕を組んだままの拓真は何故か顔を真っ赤にして咳き込んだ。
「え…。えっとだな…」
拓真は薄目のまま何か話しだそうとしている。
みんなの注目は結衣から拓真へと移った。
「野球の試合で勝ったということで…。ごほっごほっ!あ…。えっと…。そう。えっと…。結衣さんと!お付き合いさせていただいております!みなさんよろしくお願いします」
拓真は真っ赤な顔のまま、テーブルに手をついて深々と頭を下げた。
結衣は両腕を体の前でぎゅっとすぼめて、同じく頭だけを下げた。
長い髪がぷらーんとぶら下がり顔は見えないが、もじもじとして動かなくなってしまった。
湊は拓真の体に体当たりする勢いで首に腕を回した。
「あははー!おめでとう!やったじゃん拓真ぁー!えー?いつから?いつから!?」
湊のこのノリ。全部、最初から最後まで話さないと終われないヤツ。
海斗はニコニコと拓真が語り出すのを待っていた。固まったままの結衣の様子を気遣いながら、拓真はゆっくりと語り始めたのだった。
一通り全てのストーリーを聴き終えた一同は祝福ムードだった。
夜はBBQがあるので、海斗と湊は二人でその準備を始めた。
「これも用意して、火おこしもするってわけか…。大変だな。海斗、毎日こんなことしてたの?」
「ああ、そうだよ。グランピングって豪華なキャンプっていうか、贅沢で特別な場所だから、お客さんは何も準備しなくて、荷物も手ぶら。コッチで全部お膳立てしてやるのさ」
グランピングの様子を聞きながらBBQの準備は楽しく進行していた。
話題は先ほどの話になった。
「拓真と結衣、やっぱりなぁーって感じだよな」
湊はしみじみと言った。
「ああ、やっぱりな。っていうか、拓真って男らしいよな。自分から告白して、みんなへの報告も堂々とするんだから」
海斗は今ひとつ自分の気持ちをハッキリと伝えられない自分と重ねて、拓真を尊敬した。
「でもさぁ、もともと夫婦だったんだから。こういうの元サヤっていうのか?違うか!なんか面白いよな」
「元サヤとは言わんだろ。あの二人が結婚して子供が産まれたら、湊と瑠璃みたいな子が生まれるんじゃね?あははっ!」
海斗も前世ネタで面白がっていた。
「ところで海斗さん。ウチの妹とお付き合いをするときは、前世兄の俺にもご報告を、お忘れなきようにっ!」
「な…。何言ってんだよ。関係ねーだろ、湊には!」
「ギャハハー!!」
湊の大笑いが、一組しか利用していないグランピング施設に響いた。
ドームの中や施設内を「すごーい」とか、「キレーイ」とか、「素敵ー」とか、きゃいきゃい言いながら見て廻る女子の元に、湊の笑い声が聞こえてきた。
結衣はぼそっと「私と拓真くんの話題で笑ってるのかしら…」と呟いた。
「違う。湊のあのバカ笑い、きっと海斗がからかわれてるんだわ」
瑠璃は鋭かった。
「それより結衣、みんなに報告できてよかったね」
「まぁ、そうね」
結衣も瑠璃もほっとした様子で微笑んでいた。
「結衣、もう、あの…。拓真くんとは…。えっと…。したの?」
「え?え?え!?何が?」
「何がじゃなくて!…ちゅう…とか」
「ちゅ?ちゅ、ちゅう!?ちゅうとか?…とかって何よ!してないわよ」
瑠璃は目を細くして疑いの目で結衣を見た。
「してないってば!」
結衣は顔を真っ赤にして目を逸らした。
“結衣、してるなぁ〜”というのが瑠璃の読みだ。瑠璃は鋭い。
航と拓真はメンテナンス業者への対応をしていた。
ガスの点検、エアコンの洗浄のほかに、汚れの除去や建付けの修理などに立ち会っていた。とはいえ、グランピング施設そのものはまだ新しく、時間のかかる作業はほぼ無かった。手際よく作業を終えた業者の人達は、三ヶ月後の点検の予定を決めて、帰っていった。
「航くん、付き合わせてごめんね」拓真は言った。
「全然平気だよ。拓真も海斗もおっちゃんのところでアルバイトしてると大変だよなぁ」
「でもいろいろできて楽しいよ。ここ最近は部活の試合ばかりだったから、アルバイトはほとんど海斗に頼りきりだよ」
「らしいね。海斗が釣りに行く時間がないって嘆いてたよ。しかし、このグランピング施設、入るの初めてだけど豪華だよなぁ」
航はキョロキョロと周りを見回した。自宅のすぐ近くにあるのに中の様子については何も知らなくて、驚くばかりだった。
--その日の夜。屋外のファイアピットに火の灯りが灯り、海斗が用意した食材で、一同は豪華なBBQを楽しんだ。食後はドームハウスの中で寛いでいた。
BBQの片付けを終えた海斗は、ファイアピットの焚き火を残しておき、そこへ瑠璃を呼び出していた。
「焚き火って楽しいよね」
瑠璃は椅子に座りながらファイアピットに薪を追加して、燃える炎を眺めた。
隣の椅子に腰掛けていた海斗はゆっくりと話し始めた。
「俺さ、アルバイトで結構お金稼いだから、こんど二人でランチでも行かないか?」
瑠璃が自分から言えなかった誘いを、海斗のほうから提案した。
「前にさ、ウチでお昼食べたときはあんまりゆっくりできなかったしさ」
「いいよ、もちろん。どこ行こっか?私も誘おうと思ってたんだけど、海斗、毎日アルバイトになっちゃって…。声かけないまま夏休みが終わっちゃうかと思った」
「ごめんごめん、こんなに毎日アルバイトになると思ってなくてさ。本当はもっと早くに声かけたかったんだよね」
海斗は小さな薪をファイアピットに入れ、炎を眺めた。
パチパチと火が燃える音が、弾けていた。夏の夜空は満開の星空だった。
著者コメント
全26章あります。コメント残していただけるととても励みになります。
是非、楽しんでいってもらえたらと思います。
応援よろしくお願いします。



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